文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

時代劇版『おそ松くん』

2019-11-13 17:16:59 | 第2章

ここで、個人的に当時のギャグ漫画における表出的価値の領分を超克したと思える長編版『おそ松くん』の傑作エピソードをいくつか紹介してみたい。

いずれも、高度なテーマと壮大なドラマが、量感溢れる様々な発想ツールを組み換えて、描き分けられているが、取り分け、その多くに使われたのが、時代劇巨編である。

一番最初の時代劇版『おそ松くん』は、1964年(「月刊別冊少年サンデー」11月号)という比較的早い時期に発表された「デカパン城の御前試合」という作品だが、ページ数も17枚と長編と言えるものではなく、家老のイヤミが悪巧みを企てて、トラブルを巻き起こすという『おそ松くん』特有の不文律を江戸時代に舞台を移して描いたアナザーワールドであり、入り組んだストーリーの道筋や登場人物の深い性格描写以上に、イヤミが道化に徹した喧騒劇そのものに重点を置いた試作タイプと言える。

時代劇という新たな劇構造におけるドラマ部分に本格的な期待を寄せると、限られたページ数に起因してか、若干平板化した展開を見せるため、読後は肩透かしを喰らった印象を受けざるを得ない。

時代劇版『おそ松くん』にして、本格的な長編バージョンのスタート発進となった作品が、うだつのあがらない素浪人のイヤミが、その名を江戸中に轟かせていた丹下左膳(ダヨーン)を名乗って、名刀「乾雲丸」ならぬ「親ネコ」を奪い、本物の左膳との一騎討ちに勝って、自らを左膳として売り出そうとする「イヤミ左膳だ よらば斬るざんす」(「月刊別冊少年サンデー おそ松くんテレビ化記念号」66年3月号)であろう。

林不忘の国民的な知名度を誇る時代小説を、当時としては、29ページという破格のスペースを用意され、パロディーとして描いた本作は、全体を通し、時代考証となる江戸の風俗描写や剣劇シーンにおける大立ち回りといった時代劇に不可欠な要素を完全無視した粗雑な部分も見受けられ、こちらも従来の『おそ松くん』の既定路線の範疇に位置する仕上がりとなっているが、勧善懲悪が本末転倒するニヒリスティックな結末が、抗しきれない人間の運命や業に対する一種の諦観とも取れ、子供漫画としては、何とも意味深な後味で締め括られている。

因みに、イヤミはその後、「丹下左膳と宮本武蔵に座頭市」(68年11号)で、再びニセ左膳を演じ、ダヨーンの武蔵とデカパンの座頭市とともに、地主とヤクザにその生活を追いやられようとしている長屋の住民達の用心棒を務めるが、ここでも、女々しくて格好悪いダーティーヒーローを演じている。

有名な「松の廊下事件」に端を発し、赤穂藩家老・大石内蔵助率いる赤穂浪四十七士が、旗本・高家肝煎・吉良上野介邸を討ち入りし、主君・浅野内匠頭の仇討ちを果たしたとされる、所謂「元禄赤穂事件」を題材とした『忠臣蔵』の『おそ松』バージョンも、「江戸工城の忠臣蔵だ」(「月刊別冊少年サンデー クリスマスゆかい号」66年12月号)なるタイトルで、松造が浅野内匠頭、大石内蔵助がデカパン、六つ子が赤穂浪士という配役により演出、創作された。

この作品でも、異彩を放つのが、イヤミ演じる吉良上野介だ。

人間の善悪における因果関係をも超越した悪辣な野心家というキャラクターは、イヤミならではの説得力を備えたはまり役で、他の共演者達の存在感を圧倒的に凌駕している。

イヤミ邸討ち入りのシーンでは、当時大人気を博した『007』シリーズを彷彿させるような「オフトンマーチン」なる布団型の人力型スポーツカーや猫ミサイルを発射する竹筒型バズーカ等、奇抜なガジェットを用いた攻防を連続して展開させるなど、仇討ちの悲壮感とは真逆な笑いに傾きを掛け、『忠臣蔵』本来の様式美的な作劇術に、単なる焼き直しではない喜劇性を増幅させている点は、ギャグの天才・赤塚ならではの巧妙なテクニックと言えよう。