「おとぎの国のそんごくん」と同じく、古今東西の児童文学の名作を完膚なきまでに解体し、毎回大胆不敵なアレンジを加えたパロディー形式のコントを中心に構成したのが、「少年ブック」連載の『チビ太くん』(67年6月号~69年1月号)である。
『おそ松くん』の人気者・チビ太を主役に迎えた本作もまた、毎回多彩な赤塚キャラをゲストとして配し、強烈な個性がせめぎ合う群衆劇として展開するシリーズで、メルヘンティックな世界観を踏襲した寓話的ストーリーを、独自のパロディー感覚よりシュールな次元へとシフトアップさせたヒロイックファンタジーへと挿げ替え、作品総体にハード&エッジな感度を付与することに成功した。
『チビ太くん』では、際どいギャグやインパクトを及ぼす展開に委ねた物語ばかりではなく、後期の『おそ松くん』と同じく、重い主題が介在するシリアスなドラマ性を取り入れたストーリーテリングにも果敢に挑んでいる。
その中でも、最高傑作と呼べるのが、「地下鉄チカパン」(68年4月号)だ。
この物語では、チビ太は地下鉄でスリを働くデカパンに拾われ、育てられているみなし子という設定で、彼らを温かく見守るダヨーンとの交情、チビ太のために、スリから足を洗おうと決心するまでのデカパンの心の葛藤には、思わずホロリとさせられる。
『おそ松くん』の中でも、取り分け名作として誉れ高い「チビ太の金庫やぶり」にも通ずる、心揺さ振るヒューマンなショートドラマだ。
因みに、『チビ太くん』は、連載開始の前年、同じく「少年ブック」(66年10月号)で単発の読み切りとして発表されたのが最初だが、元々チビ太は、『カン太郎』のタイトルで、『おそ松くん』の連載開始以前から「冒険王」にて主役を張っており、その後も、1963年に「少年ブック」で読み切りが二本掲載された後、64年1月号より同誌にて継続連載されていた。
1965年の4月号からは、『なんでもやろうアカツカくん』とタイトルを一新(~12月号)。コント作家の山口琢也に協力を仰ぎ、クイズあり、読み物ありのバラエティーページへとバトンタッチされる。
その中のコーナーの一つに『$ちゃんとチビ太』という、ルックスがおそ松くんにそっくりなハッスルボーイの$ちゃんとチビ太の迷コンビによる、お金をガッポリ稼ぎながら、奇妙奇天烈なお伽の世界を放浪する珍奇譚が、毎回目玉として掲載された。
こちらもまた、驚きと冒険に満ちた娯楽活劇の普遍的なパターンをドラマの基本線として踏まえているものの、カリカチュアによる誇張と、理路不整然なドラマトゥルギーから生成される滑稽的不条理が効果的に融合し、単なる夢とロマンの冒険ファンタジーから一変、バイタリティーに満ち溢れる新たな狂操型ナンセンスへと進化を遂げた。
尚、この『$ちゃんとチビ太』は、曙出版からA5サイズの貸本単行本で一冊に纏められた後、アケボノコミックス『モジャモジャおじちゃん』(曙出版『赤塚不二夫全集』第20巻)にも全話分が収録されることになる。
単行本収録時、表題作となったモジャモジャおじちゃんは、『赤塚不二夫のガンバリまショー』(「少年ブック」67年1月号~5月号)の狂言廻しとして登場。爬虫人類下品科に属し、タキシードに身を包む住所、国籍共に不明の中年男性である彼は、赤塚がエンターテイナーとして心の師と仰ぐチャーリー・チャップリンをオマージュしたキャラクターだ。
『おそ松くん』本編でも、チャップリン不朽の名作『キッド』にインスパイアされて描いた「下町のチビ太キッド物語」に出演し、みなし子・チビ太と実の親と子以上に深い絆と愛情で結ばれる心優しき落ちぶれ紳士を、笑いとペーソスを折り込んだ感涙の演技で熟演。その存在感を印象付けた。
一方、複雑な経緯を流浪して描かれた『カン太郎』シリーズは、その後、ダイヤモンドコミックスで、『チビ太くん』(コダマプレス、66年発行)と改題され、傑作選として単行本化された後、「少年ブック」掲載バージョンの『チビ太くん』が、サンコミックス(『チビ太くん』全2巻、朝日ソノラマ、69年~70年)やパワァコミックス(『チビ太』全3巻、双葉社、74年~76年)等でコンパイルされた際に、ほぼ全てのエピソードが併せて収録されることとなり、漸く、ここでカン太郎とチビ太が同一視されることになる。
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『おそ松くん』に登場する名バイプレイヤー達のスピンオフ作品は、『チビ太くん』以外にも、倦怠に溺没した日常を無為に生きる中年男のイヤミが、一夜のアバンチュールで愛し合った若い人妻にたぶらかされ、ショックの余り精神破綻してしまう『ミスターイヤミ』(「ビッグコミック」70年7月10日号)、その続編で、うだつの上がらないダメ警察官のイヤミが、誘拐事件を捜査する中、恐るべきトラブルに巻き込まれてゆく『ミスター・イヤミ氏 あしたの朝』(「ビッグコミック」71年1月10日号)といったイヤミを主人公とし、読者の嘲笑を誘う青年向けのブラックショートや、ハタ坊と哲学的示唆に富んだ人語を語るインテリ犬・ワンペイの心の交流をベースに、彼らの友情や助け合いが読む者の気持ちを温かく和ませてくれる『ハタ坊』(「赤旗日曜版」71年1月3日付~12月26日付)など、後になっていくつか描かれることになるが、『おそ松くん』の絶頂と同時期に、『チビ太くん』と同様、「少年ブック」に連作として発表されたのが、『ダ・ヨーンのおじさん』(66年1月号)、『ホラホラのおじさん』(66年2月号)、『おじさんのおばさん』(66年3月号)といった名コメディーリリーフ、ダヨーンのおじさんをフィーチャーした諸短編だ。
漫画家、家政婦と各エピソードによって、職業も設定も変質するが、能天気なオプティミスト、ダヨーンのおじさんが掻き回す日常的な騒動は、食いしん坊、のんびり屋というキャラクターが表わすように、何処か落語的で、この時期の赤塚ギャグとしては珍しく、ほのぼのとしたレディメイドな笑いに包まれている。