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⑤携挙について

2021-02-14 16:43:11 | 携挙

私自身、艱難前携挙説が違うのではないかと思い始めたのは、聖書を普通に読んでて特にそう感じたからです。

これら艱難時代の警告は、今後、艱難時代中にクリスチャンになる人に対して語ってるのでしょうか?

既に信じているクリスチャンに話されてるのを感じます。

艱難前携挙説の先入観を持たずに読んでみて下さい。誰に語っているのか霊の目を開いて読んで下さい。

日本語では艱難前携挙説の動画をアップする人はいますが、口論や批判を避けるため、反論する動画をUPする人がいないので

艱難前携挙説ばかり目立っています。

 

メシアニックのDrブラウンも、福音を誰かから聞く以前から、周りの人たちから艱難前携挙の話を耳にしたそうです。

当時は、艱難前携挙以外の説が他にもあることを知らなくて、ふ~んと聞いていたそうです。

その後、神学校に通い始め、半年で4000聖句を暗記したり聖書を相当に読みつくしたそうです。

ただ、艱難前携挙と再臨の違いについて、色んな人から質問を受けた時、その違いを確信して答えられなかったとのこと、

艱難前携挙の本を熱心に読み漁り、数年かけて豊富な知識を付けたそうです。

ところが、ある時、“携挙について、誰かが書いた本や参考書ばかり読んでいるけど、どうして聖書から直接答えを読み解かないのか?”

と、ふと思ったそうです。

聖書を読んでると、携挙と再臨は同時期だという答えが読み取れ確信していったうそうです。

艱難前携挙を信じる仲の良い友人たちに囲まれていたようですが、聖書を素直に読めば読むほど、彼らに賛同出来なくなっていったそうです。

たとえば、Ⅱテサロニケ1:5-8ですが、迫害・殉教している生き残っている信者たちを、解放するために神が再臨され復讐に戻られるという箇所です。

動画は英語のみです。

OGPイメージ

Why I Reject a Pre-tribulation Rapture

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youtube#video

 

 

現在、海外ではクリスチャンのブログの検閲が厳しくなり、どんどん削除されています。

もし、クリスチャンがいなくなれば、艱難時代中は伝道する人もいなくなり、聖書についてのブログもなくなります。

今まで信じてないのに、反キリストが登場した途端、ギ口チンの覚悟ある強い信仰の信者が大量発生することなんてありえますか?

真剣に献身したり、宣教師であったり、長年信仰を持っている人でも、殉教には大変な覚悟が要ります。

現在、神様を求めてない人が、携挙が起こり聖霊が取り上げられた後、そんな劇的な信仰を持ち始める人たちへと変身するのは想像できません。

殉教を決心するまでの信仰が育つには歳月と召しの決断が必要です。ギ口チン刑は12弟子の信仰の覚悟と同等の信仰です。

今の時代のクリスチャンに、そこまで覚悟出来ている人がどれだけいますか?

クリスチャンホームで育ったり、長年教会に通っている現代のクリスチャンでさえ、そこまで覚悟出来る確信のない人がほとんどだと思います。

それなのに、艱難時代に初めて救われる人たちが、聖霊の働きが少ない時代、教会も存在しない時代に、そんな大それた信仰を短期間で育めるのでしょうか??

どう考えても、後の時代にあらためて救われる人たちについてだとは思えません。

 

恵みの時(教会時代)だから私たちの世代は殉教はないと考える人もいますが、教会をスタートさせた"教会の父"であるパウロは壮絶な殉教を遂げています。

 

聖書の記述を読めば判りますが、イエスが戻られた時の死人の復活は1回です。

艱難前携挙時と同時に死人の復活があるなら、艱難時代中に亡くなった者のために、7年後の再臨時、再度死人の復活があるのですか?

どう読めば、再度死人の復活があると読めるのでしょうか?

 

そして、単純に疑問なのは、もう既に反キリストが生れており、この世のどこかに存在していると大勢が信じています。

(もちろん、反キリストが現在は地球外にいて、艱難時代の途中を機に地球に到来するのなら話は別ですが・・・。)

既に地球のどこかにいるなら、教会(クリスチャン=聖霊)が反キリストを阻んでいることにならないのではないでしょうか?

例えばですが、あるクリスチャンの斜め迎えの家に住んでいるかもしれないということですよ。

教会が携挙された後に、反キリストが地球に誕生する場合なら別ですが・・・。

艱難前携挙の動画出してる人に質問しても、この質問には答えてもらえないのですが、だれか説明出来る人はいないのでしょうか?

 

ノアの箱舟に入りノアの家族が護られた話を持ち出す人もいますが、箱舟は洪水が起こる前に、どこかに移されたのではありません。

ノアの箱舟は7日間(=7年間)、洪水という災難(艱難)の中を漂っていました。

7年間、災難の中にあっても最後まで神様が護って下さったという象徴です。

 

イエスが私たちを救いに来られるのは初臨(1度目)と再臨(2度目)だけです。初臨と、携挙再臨と、再再臨ではありません。

キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、彼を待ち望んでいる人々に、罪を負うためではなしに二度目に現れて、救を与えられるのである。へブル9:28

 

羊のように柔和で、そして蛇のように聡く と聖書にあもあります。

○○先生が言っていたから、その説を信じたなんて、右向け右のロボットと変わらないじゃないですか?

考えない、疑うことをしない、探求しない、質問しない人は、嘘の情報の中で溺れていくだけです。

 

考えるとは「疑ってかかる」こと

AIがあらゆる職場に浸透する日も遠くないかもしれません。そんな時代に、私たちに何よりも必要とされるのが「自分の頭で考える力」です。ベストセラ...

ダイヤモンド・オンライン

 

 

 

この方もメシアニックの人ですが、とても解りやすかったです。

御言葉を素直に読めば答えがあるんですね。(英語のみ)

OGPイメージ

UNLEARN the lies

We make Bible teaching videos for Messianic Jewish or Hebrew Roots bel...

YouTube

 

 


思想が違うクリスチャンへ

2021-02-14 00:54:59 | 携挙

携挙について色んな意見が別れていますが、わざわざ、携挙を信じないカトリックの人の動画へ行って、

"あなたは悪魔!"だと攻撃をするディスペンセーションニストのプロテスタントの人たちがいますが、それはどうかと思います。

また、米国人のディスペンセーションの動画に攻撃する、反対派の人たちもいます。

 

真実を追求するために意見を発する・交わすことは大事ですし、そのためにディベートも時には必要だと思いますが、悪意の名前で呼んだりするのは

キリストの根本の教えから逸脱するだけです。

 

twitter などのSNS文化のせいで、リツイートを使って、直接に相手を攻撃するのが世界的に増えています。

日本ではディベートという授業が教育に定着していませんが、落ち着いて意見を交換するのがディベートです。

だからといって、アメリカ人が円滑にディベートしてるワケではありませんが・・・。

共和党と民主党をみても判るように、感情的でハッキリ主張する民族ですので、自制がきかなくなれば殴り合い・殺し合いにまで発展しています。

私はアメリカにいたので、よく知ってますが、殴り合いのケンカはあらゆる場所で頻繁に見ました。

 

昨日だったか、私が登録している信仰に立ち返ったばかりの元不良の動画主が、慣れないのに"主の祈り"を読んで動画を

締めくくったのです。すると、以下のようなスレでの攻撃が、別のプロテスタントの信者からあったのです。

"それって、イエスのコトバじゃないだろ!カトリックのコトバだろ。本当の祈りは

キング・ジェームズ訳(欽定訳)に書いてあるだろ!マタイ6 :9-13 にイエスのコトバが

あるだろ。バカ野郎、聖書を使えよ。なぜ、イエスのコトバを使って祈らないんだ??

何度、同じことを言わせるんだ!!!???"

 

という、書き込みでした。言われた本人は、職場で、近くに置いてあった聖書を手に取り、主の祈りを見ながら

祈っただけなのに、上から目線でこのように批判され続けたので、堪忍袋の緒が切れました。

そして、この一連のことを動画で発散しはじめました。

すると視聴者たちも、スレで非難した人物の悪口を書き込み始め・・・

そうなんです、スレが永遠と悪口状態になりました(*_*; 

それで、ケンカがまた拡大し始めました。

 

艱難時代に教皇が反キリスト勢力として台頭しますが、だからと言ってカトリック信者が救われないというのも嘘です。

プロテスタントなら救われると思うのも大きな勘違いです。

善きサマリア人の話を想い出せばよいのです。

 

私が、現在持っている聖書はカトリックとプロテスタントが共同で訳した英語付きの共同訳です。

昔、カトリックの友人が、何かのお礼で新しいのを譲ってくれました。欽定訳や口語訳はネットで見ています。

 

また、ものみの塔やモルモンの人が訪ねてきたら玄関で締め出す、というクリスチャンの話を聞きますが、なんだか冷たく感じます。

教理は確かに聖書的ではないですが、真面目で純真な人が多いです。イエス様は彼らも愛しています。

イエスなら、玄関で締め出すとは思えません。

疑問は投げてもいいですが、攻撃する目的で相手と話をしないほうがよいです。

私は、彼らの教理の内容をよく知っていると、ものみの塔の人に褒められたことがあります。

10分ぐらいしか会話しなかったのに、数年後、偶然、カフェで会った時、私の事を憶えてらっしゃいました。

私は相手が誰だったか忘れてしまってましたが、憶えててくれたことに、人としての繋がりを感じました。

宗教の違いは除け、まず、お互い人間として接するのを忘れない事が大事です。相手の優れたところは見習うべきです。

 

私は、同じ神なので神社にも立ち寄りますし、日本の大乗仏教にキリスト教を見ます。

時間的な余裕がないので読んでませんが、イスラム教のクルアンも持ってます。

 

携挙説で意見が違っても、同じ兄弟姉妹です。

イエスが選ばれた12弟子も意見が合わずということがありましたが、欠点はあってもイエスが選ばれた弟子ですから、いがみ合って終わってはいません。

弟子が集中していたのは、福音を命を懸けて述べ伝える事でした。

親と子、夫婦でさえ、意見が違うこともあるのだから仕方ないのです。

 

例えば、滴礼は洗礼にみなされないとか、"父・御子・御霊"で洗礼を授けられた人は洗礼の効果がないとか、異常に拘る米国人と日本人の夫婦にも出会いました。

(父・イエス・御霊で洗礼を授けなければ洗礼を授けたことにならないという拘りでした。)

他にも、イブとアダムが食べた実は、"桃"だ!と言い張る、韓国系の単立教会のメンバーに、米国で出会ったことがあります。

桃はお尻の形に似てるから性的罪の象徴になり、イブとアダムが裸でいたことを恥ずかしく思ったのは桃を食べたせいだ、という解釈を説明されました(;^ω^)💦

他にも、楽器を使って賛美するのは罪だという"キリストの家"の信者にも日本で出会いました。おかしいな~と思いましたが、スグに異端に認定されている教会だと判りました。

 

それでも、意見の違いはディベートぐらいにとどめておき、争ってはダメです。

 

1か月前、私も、英語のスレで法皇をぶっちぎり褒めていた外国人を直接、批判してしまったことがあり、その時、神様からconviction(罪責感)が来ました。

何日かして謝ろうとしましたが、どのスレに書き込んだか判らなくなってしまいました。

法皇とカトリック教徒が別ものだということを忘れてしまってました💦

終わりの時に人々の愛が覚めることが、いくつも書かれていますが、私自身、要注意しなければと思います。

私は政治家を信用してないので諦めていますが、国とか政治家とかコミュニティのためにも祈る必要があるというメッセージを今朝聴きました。

gooブログでも削除されたり妨害がありますが、現在、利用させてもらってることに感謝して、後は私が、いつ、このブログを去るかの問題だと思います。

 

2テモテ:

1しかし、このことは知っておかねばならない。終りの時には、苦難の時代が来る。 2その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、 3無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、 4裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者、 5信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。 

 

マタイ24:

4そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。 5多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。 6また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。 7民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。 8しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。 9そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。 10そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。 11また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。 12また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。 13しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。 14そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。