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⑨携挙について

2021-02-17 19:24:20 | 携挙

こんな動画を観ました! 

前半は、携挙説は英米をはじめとする英語圏で取り入れられた説であり、諸外国では流行ってないとの説明。

(諸外国で信じている人がいれば、それは、英米のキリスト教思想の影響を受けているからだということです)

 

そして、私が気になったのは、後半部分。

214~

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Robert Morris Exposes the Ignorance of the Pre-Trib Rapture Theology

Robert Morris Exposes the Ignorance of the Pre-Trib Rapture Theology a...

youtube#video

 

1 テサロニケ4:17 は艱難時代前携挙説を信じる人たちが、空中携挙の聖句だと主張しますが、

上記の動画の牧師は、1テサロニケの 4:17について、「この箇所が艱難時代前の携挙を意味するのであるなら、alive and remain (残されている者) なんて表現がされるのはおかしいと思いませんか?

自分なら、“生き残っている者” “残された者” などと書かない。」

と指摘している。確かに単純なポイントですが、会衆も初めてこの点に気付いたようで笑っている。

 

色んなバージョンの訳を覗いてみましたが、全ての訳が共通して、“その時、まだ生きており、残った(残されている)者を” という意味に訳されてました。意味は同じです。

英語の違うバージョンの訳も調べてみました:

the living ones who remain [on the earth] 地上に生きて残されている者

who are still alive まだ生きている者

who are still alive and remain on the earth  地上にまだ生きており残された者

who are alive, who are left  生きている者、残された者

who are still alive and are left  まだ 生きており残された者

who are still alive at that time  その時 まだ生きている者

who are alive, who are left behind  生きており とり残された者

who are alive and who have been left behind  生きている者で とり残された者

 

私も気付かなかったけど、“その時、まだ 生きており 残されている者”とは、艱難時代を通過し、生き残った人たちのことだとしか考えられない。艱難時代前に、“生き残り”をかけるほどの相当に顕著で激しいサバイバルがあるなら、

艱難時代前 携挙にも当てはまるかも知れませんが…  ただ、それは、情況的に当てはまらない気がします。

日本語訳では、“その時、生きており” “まだ生きており” “わたしたち生き残っている者” “なお生きて地上に残っている私たち” などと訳されていました。

 

昨夜、読んだある記事の中で、なぜ神様は携挙の時期についてハッキリした表現を残されていないのか?という記事を読みました。 

1つは、色んな意見が違っても、お互い兄弟姉妹を受け入れる練習をさせているということではないか?と書かれていました。ナイス!な考えだと思いました。

携挙説について色んな動画や記事をみますが、ある牧師は、自分の説はシッカリ主張しつつも、「僕の親友の牧師で艱難前携挙を信じる○○君と、○○君と、○○君が

いるんだけど・・・」と写真付きの動画で彼らを友人だと紹介しはじめました。

他にも、以前は艱難時代前を信じていた人で、今は艱難時代後を支持している人ですが、彼は「今は、艱難時代後を信じるけど、昔、よく聴いていた艱難時代前を支持する○○牧師や○○牧師のことは、今でもファンだし とても尊敬してます。彼らのメッセージも聴きます!でも、携挙については、彼らは間違ったことを教えてるので譲れません。」と発言していました。

いやぁ、意見が違っても、こういう風に割り切る人たちは美しいです。

そうかといって、英語のスレで携挙説のことで強硬にやり合ってる人たちも沢山います。昨年の夏から、そういうやり取りを見てきました。

でも、皆が真実を伝えたいと、真剣なんだと思います。

何が正しいかは、反キリストが現れるのを 目にするか しないかで、まず、艱難前携挙説が、正解かどうかが 決定されます。

 

私が心配していることは、終末時代にクリスチャンが嫌われ迫害されるとありますが、もしかしたら、艱難前携挙を宣伝したのに携挙が起きないから、嘘つき呼ばわりされ迫害されるのも一つの理由になりえるかもしれないということです。 ネロの時代、クリスチャンは放火の濡れ衣を着させら、ライオン競技場に放たれました日本もキリスト教迫害では有名な国です。

 

私は、これから来る時代のことを考え、迫害が起こってもくじけない心構えで行きたいです!! 

人に認められたいと思ったら罠にかかります。

人より神に認められたいと思ったら、嫌なことがあっても大した失望になりません。


⑧携挙について

2021-02-17 01:18:57 | 携挙

携挙に関係していますが、少し脱線して昨年、過去ブログに書いた個人的な夢の話をします。

昨年、携挙の夢を見たという人の英語動画のスレに行きました。自分が空を飛んでいる携挙の夢を見たという海外の人たちが動画をあげています。

そこである姉妹とスレで会話をしました。すると、“もうすぐ携挙が起こるから、天国で会おうねシスター!”と言われました。

それで、私はこう返信しました。“私は携挙については、どの説を信じれば良いのか未だ判らない。もし、携挙が起こるのなら、その啓示として夢で見れたら信じる!”と書き込みました。

すると、スレを読んだ何人かの人たちが祈ってくれたのだと思いました。なぜなら、ほとんど夢を見ない私が、その同じ晩、ある夢を見ました。

そのブログはあまりにも個人的な夢の話だったので、少し前、削除してしまいましたが、こんな夢でした:

 

父と母が国際線の搭乗ゲートに向かって、わたしよりかなり先に、ウイング( 飛行場の廊下) を歩いてました。

私は、だいぶ遅れをとっており、でも全く焦ってる様子もなく、余裕の気持ちで搭乗ゲートに着きました。ただ、足もひきずっており何だかボコボコに疲れ切っていた様子でした。それなのに、心は歓びでいっぱいでした。搭乗ゲートの女性スタッフ3人から、「お客様が一番最後ですよ、急いで下さい‼」と、冷たい表情で注意されるかとハラハラして到着しましたが、待ってました!といわんばかりの心からの笑顔で迎えられれました。

すると、スタッフの 1人が、疲れ切った私をヒョイと肩に担ぎ、搭乗口に向かって歩きだしました。とても細身の女性なのに、私を軽々と持ち上げる怪力な人でした。そして搭乗口の少し手前で私を下ろしたら、とても温かいハグをくれました。「さようなら~、行ってらっしゃい!!」と、笑顔で大きく手を振ってくれ、最高のもてなしで見送られました🥰

そして、わたしが、搭乗扉に向かって歩き出しはじめた所で、夢が終わりました。

 

目が覚めた時、久しぶりに見たこの夢に、何らかの意味があるに違いない、と感じ、“夢の意味を知りたい”、と祈り始めました。

私のパスポートは更新しておらずもう何年も有効期限が切れて使えないのに、国際線から家族全員でどこに旅立つ夢なのか?家族そろって旅行するなんてほとんどないし…一体どこに向かって旅立つ夢なんだろ?

と頭をひねりました。よくわからない夢でしたが、この夢に何らかの霊的な意味があると感じられ、意味を考え続けました。

 

そして、想いに来たのは、“国際線から国外に出発するのに、パスポートなしで入国出来る国はどこなのか??と、考えていたら、 紛れもなく、天国しかない!!と思いました。

外国に入国する時、パスポートやビザが必要になるのは地上の制度ゆえにです。でも、天国に入国するにはイエスを信じることだけがパスポートとなります。

神の国に旅立つ(携挙)される霊的な夢だったと納得しました。

スレで会話したクリスチャンたちが、私が携挙の夢を見れるように祈ってくれたから、その夜、こういう夢を見たのだと察知しました。

ですので、私は、この夢を見た後から、艱難前携挙があるのだと少しずつ信じ始めてました。

 

ところがです、

でも、現在の私は、艱難時代前携挙に疑いを抱き始めています..... 

ですので、昨日、神様に「昨年見たあの旅立つ夢は、携挙の夢ではなかったのですか?携挙の夢だという確信を神様が下さったのだと思いましたが・・・今になって、あの夢をどう理解すれば良いのですか?」と質問しました。

すると、数分後、想いに来た答えは、あれは紛れもなく天国へ行く旅立ち(携挙?)が起こるという意味だったと確信しました。

ただ、私が見た夢は、搭乗ゲートに向かって長いウイング(飛行場の廊下) を歩いて行く+搭乗ゲートに到着する夢 でした。空中に引き上げられ携挙体験している夢ではありませんでした。

そして、続けて、このような理解が想いに来ました。

携挙は起きるけど、スグに起きる事ではなく、携挙される時期に目指して歩んでいる過程(プロセスを歩んでいる)の夢であること。そして、夢の中の私が、一番遅れて到着し、かなり疲れ切っていたのは、艱難時代に入って神様のことを伝える苦労をしたからということでした。でも、神様の救いを伝える任務を果たせたので、その割に心は歓んでいたのです。

そして、笑顔で迎えてくれた搭乗ゲートの3人の女性スタッフたちは、実は天使たちで、神様の任務を務めた私が、神様の国に旅立てることを心から歓んでくれたから、素晴らしい対応をしてくれたのでした。女性なのに、怪力だった理由は天使だからでした💪👼‼  

 

ほんとに個人的な解釈だと笑われるかもしれませんが、このような解釈を受けました。とにかく、天国に向かって飛び立てることは確認できた夢でした。後は、夢で終わらないようにです😅

 

16歳の時、「神様、私はあなたが存在する事さえもわかりません。世界には多くの宗教もありますから、だれが本当の神様かもわかりません。でも、もし神様がおられ、イエス様、あなたが神様なら、どうか、このことを叶えて下さい。もし、叶えて下さるなら、生涯あなたに着いて行きます。」とノートのページを破り、神様に対する契約書を書き、日付と署名をしました。そして、2週間、人生であれほど祈ったことないほど必死で祈りました。すると、大奇跡が起き、祈りが叶いました。

16歳の時に神様に生涯ついて行きますと誓いました。なので、これを全うしなければ、私がこの世に生まれてきた意味がないのです。本来、神に誓いを立てることは、やってはいけないことだと後で知りましたが、ド素人だったので、勢いで大胆にも誓いを立ててしまいました ^_^; 

信仰など全く縁のなかったド素人の16歳の私に、スゴい大奇跡が起きました。私は教会にも行ったことなかったですし、聖書も読んだことなかったです。ある時、クリスチャンの日系人のおばさんとの電話の会話の中で、「疑うことなく、イエスの御名で祈ったら何でも叶う」と言われたのがキッカケでした。神様という存在が本当にいるのかさえわかりませんでしたが、大ピンチが起きたので、一か八か藁をもすがる想いで、神様がいるかどうか試してみようと想い、真剣に祈り始めました。

神様の手を動かすことに、信仰の長さはあまり関係ないです。一回一回に、信念の深さが大事です。あなたも、私も同じラインにいます。神の国は、人間界の先輩後輩、上下関係のピラミッド・システムではありません。 謙虚になり、全能者である神様に結果を委ねるなら働かれます。

神様からの祈りの応えとして、YES ・NO ・GO・WAIT などの答えがあります。 たとえ、祈った通りにならなかっとしても、それ以上に最善な所に導かれることもあります。また、すぐに叶わなくても、時が来たら叶う事もあります。塵も積もれば山となる、信仰はコツコツが大事です。奇跡や異言を求める信仰よりも、単調な生活の中に神を見つけ、当たり前の事にでも感謝し、コツコツ継続し続ける信仰のほうが難しいと感じられます。もちろん、奇跡や異言を望むのなら、それは自身のチャレンジになるので、求めてもよいかとは思います。でも、イエスが救い主だと心で想い告白出来れば、既にその人に聖霊は宿っているのです。

 

あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。1ペトロ1:3〜12

イエス様はこう言われました。「見ないのに信じる人は、幸いである。」ヨハネ20:29

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[リビングライフ]深く悟って従う良い心(マタイの福音書 13:18-30)|三好明久牧師

⛪ニュー・クリエイション・チャーチ[千葉]|三好明久牧師 📖リビングライフはツラノ書院出版の日々のデボーションガイドです。 📖テキストの...

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OGPイメージ詩編 40

1【指揮者によって。ダビデの詩。賛歌。】
2主にのみ、わたしは望みをおいていた。
主は耳を傾けて、叫びを聞いてくださった。
3滅びの穴、泥沼からわたしを引き上げ
わたしの足を岩の上に立たせ
しっかりと歩ませ
4わたしの口に新しい歌を
わたしたちの神への賛美を授けてくださった。
人はこぞって主を仰ぎ見
主を畏れ敬い、主に依り頼む。
5いかに幸いなことか、主に信頼をおく人
ラハブを信ずる者にくみせず
欺きの教えに従わない人は。
 
6わたしの神、主よ
あなたは多くの不思議な業を成し遂げられます。
あなたに並ぶものはありません。
わたしたちに対する数知れない御計らいを
わたしは語り伝えて行きます。
7あなたはいけにえも、穀物の供え物も望まず
焼き尽くす供え物も
罪の代償の供え物も求めず
ただ、わたしの耳を開いてくださいました。
 
8そこでわたしは申します。
御覧ください、わたしは来ております。
わたしのことは
巻物に記されております。
9わたしの神よ、御旨を行うことをわたしは望み
あなたの教えを胸に刻み
10大いなる集会で正しく良い知らせを伝え
決して唇を閉じません。
主よ、あなたはそれをご存じです。
11恵みの御業を心に秘めておくことなく
大いなる集会であなたの真実と救いを語り
慈しみとまことを隠さずに語りました。
12主よ、あなたも憐れみの心を閉ざすことなく
慈しみとまことによって
いつもわたしをお守りください。
 
13悪はわたしにからみつき、数えきれません。
わたしは自分の罪に捕えられ
何も見えなくなりました。
その数は髪の毛よりも多く
わたしは心挫けています。
14主よ、走り寄ってわたしを救ってください。
主よ、急いでわたしを助けてください。
 
15わたしの命を奪おうとねらっている者が
恥を受け、嘲られ
わたしを災いに遭わせようと望む者が
侮られて退き
16わたしに向かってはやし立てる者が
恥を受けて破滅しますように。
 
17あなたを尋ね求める人が
あなたによって喜び祝い、楽しみ
御救いを愛する人が
主をあがめよといつも歌いますように。
 
18主よ、わたしは貧しく身を屈めています。
わたしのためにお計らいください。
あなたはわたしの助け、わたしの逃れ場。
わたしの神よ、速やかに来てください。