他の宗教を悪く言いたくありませんが、犠牲者が既に大勢いるのと、今後、同じような被害を受ける人が出ないためにも書いておきます。
昨夜、駅を出てスグのところで、チラシを配っている顕○会の3人組につまかりました。夜の9時過ぎです。
「私は、聖書の神/神社の神を信じてて、自分の信じているものがあるから」と伝えたところ、
「十字架の上であんなみすぼらしい格好で死んだキリストが神のワケはない。かわいそうに、君たちは詐欺に騙されているんだよ! 罪の代わりに死んだのなら、それ以後は人類全員が幸せなハズ。不幸なんて起こってない。死んだ人間が復活出来る証拠をみせてくれるなら信じるから」と50過ぎの男性に威圧的に言われました。色んな事がんがん言われましたが、一番悔しかったのは、意地悪な質問しておきながら、答えさせないように阻まれたこと💢
顕○会の人は、神社の神のこともボロクソにいう人達です。しかも、昨夜は「釈迦は日○大聖人より、ずーっと下っ端なの。レベルが低いんだよ。大聖人様は宇宙が始まる時からいたのだから。✖✖✖という本に彼の予言が書いてあるから読んだら解るよ。」と言われました。私は日蓮さんは好きですが、釈迦やイエスをここまで馬鹿にする彼らはパーでんねん ( ´艸`)ミジメ~♪ミジメ~♬
本日、調べていると、このペテン本のことだったのかな?と、暴露動画を見つけました。騙されてるのは君らのほうじゃよ~😓
本日、Mr.英のお宝情報を見つけました。仏教では宇宙論の話は存在しないようです。宇宙を語る顕○会たちは、東方キリスト教経由で入って来た聖書の宇宙説をパクったという分析です。とても勉強になる情報です。英氏は無宗教だということですが、こういう比較研究をして下さるのはありがたい。日蓮宗は健全な仏教本来の思想ですが、ソーカ・顕○会は、本来の日蓮宗の教えから思想的に逸脱しています。キリストをボロクソに批判しているソーカ・顕○会たちは、自分たちの宗派が、キリストの教えをパクって作られたという事さえ気付いてない...(^'^)
それにしても、昨夜、正式な入会の証書みたいなのを用意されてました。 信じられな~い(;゚Д゚) !! (;´Д`)
「ちょっと待った!! 入会しません!!」と宣言して突っ返しました。
クリスチャンだと何十回と言ってるのに強制入会させられそうになったなんて・・・奇想天外・想定外・悪夢~~ (;'∀')💦
無茶苦茶、悪質な強制勧誘ですよ。相手が自分の信仰を持っていようが完全無視。おかまいなし!
後で知りましたが、彼らに対して断る時、「顕○会はカルトだから話もしたくない!!」とキツク言わないとダメだそうです。断り方が少しでも柔いと、どうにかして入会させようとするようです。
また、顕彰会について知らなさそうな人に対して、どうにか入会させようと複数人で囲んで勧誘。その合間に、1人が事務局(会館)に連絡を入れ「今から一人連れて行きます」と携帯で連絡し、
即、入会の準備をさせるパターンのようです。勧誘ノルマが組織から厳しく強いられているようです。
顕○会の勧誘するセリフは決まって「あなたを幸せにしてあげたい」。
キリストの教えは「信じたら幸せになります」ではありません。「試練はあっても、それに打ち勝つ平安と力と希望が神から与えられる。そして、神がよしとされた場合、困難の時に助けが与えられる/試練により訓練されて人格が磨かれる 」というのが、根本的な教えです。これからの時代の到来に備えて、一番必要なのは、打たれ強くなることだと思います。私は、信仰の事で不当なことを言われたら、もちろんムッとはしますが、チャンスだとか訓練だと考え、指をポキポキならしたくなる想いに駆られます。どう対応するかで、自分の信仰のバロメター(成長度・未熟さ)が判ります。多々、反省もあります。でも、上手く行かなくても、神様は、私たちに起きた とんだ災難を、益にも恵みにも”して下さるお方です。不幸が結果的に良い結果に導く事もあります。例えば、ずっとイジメに合って来た少年が、悔しさから一生懸命努力し勉強したので、いじめっ子たちより出世するなどなど。、
これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。ヨハネ16:33
やはり、一番の幸せは、イエスが再臨され、私たちが受ける「永遠の命」という"祝福に満ちた望み (Blessed Hope)です。
すべての人を救う神の恵みが現れた。そして、わたしたちを導き、不信心とこの世の情欲とを捨てて、慎み深く、正しく、信心深くこの世で生活し、祝福に満ちた望み、すなわち、大いなる神、わたしたちの救主キリスト・イエスの栄光の出現を待ち望むようにと、教えている。テトス2:11-13
この世での幸せの度合いは、クリスチャンであろうとなかろうと関係ありません。神を信じてない人であろうと公平に祝福されます。この世は完璧な世界ではないので、健康面・経済面・職場環境・家族環境・友人・容姿・才能の違いや差が存在します。でも、財産・名声・仕事・多くの友人など、現生で色々と恵まれている人は、それで満足してしまって、逆に神様を求めない可能性が多々です。
>>イエスさまは、この囲いにいない他の羊も導く良い羊飼いです。「この囲い」とは教会のことでしょうか。そうであれば、教会には属さない人々をもイエスさまは、良い羊飼いとして導くお方である、ということになります。囲いに属さない羊を導くということは、囲いの中に入れることによって導くのではない、囲いの外にいて、その上で導くということです。ですから、教会に属さない人々を、教会に属する人にするということで導かれるのではなく、イエスさまは、教会に属さないままで、その人々を導かれるのです。そこに真の教会があるということでもあります。では、どのようにして導かれるのか。教会に属していないならば、組織や教義、礼典、などで導くことが難しいでしょう。ボンヘッファーは、「神の言葉のうちに」「一致する」といいます。聖書の言葉を語り、聖書の言葉に生きる、そのことの「うちに」一致するのです。
伝道者はこの良い羊飼いであるイエスさまにお仕えします。ですから、伝道者のなすべきことは、ひたすら聖書の言葉の解き明かしでなければなりません。
わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。ヨハネ10:16
この世の幸せは、神を信じてなくても平等にあります。しかし、裁きは最後に必ず来ます。収穫の時、毒麦は焼かれてしまいます。そういう自分が毒麦の中に束ねられていたりして…ワォ冗談にならんね😅💦
そのとき、み使いたちはひそかな所にくだり、罪を助ける者たちをみな1ヵ所に集めるであろう。その日、至高者は、すべての罪人に対して大いなる裁きを執行すべく立ちあがられる。彼は聖なるみ使いたちのなかから守護者を任命してすべての義人たちと聖人たちを瞳のように護らせられる。それはすべての悪、すべての罪がしまつされるときまでである。義人たちは長い眠りを経なくてはならないとしても、恐れることはなにもない。エチオピア語エノク100:4-5
義人たちと選民はその日救われ、罪人や不法者たちの顔をもはや見ることはないであろう。霊魂の主は彼らの統治者として住まい、彼らはこの人の子とともに住み、食事や寝起きを永遠にともにするであろう。義人たちと選民は地から立ちあがって、顔を伏せることをやめ、生命の衣をまとうことであろう。それは霊魂の主から(賜わるところ)の生命の衣であって、きみたちの衣は古びることはなく、きみたちの栄誉は霊魂の主の前につきることがない。エチオピア語エノク62:13-16