「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

男性性を映す鏡―『女性画家列伝』

2010年09月27日 | Gender
☆『女性画家列伝』(若桑みどり・著、岩波新書)☆

  先に『マリー・キュリーの挑戦』で、学生に科学者の名前を挙げさせて、その中に女性科学者が含まれているかどうか検証したことを書いた。そこで今度は自分に問いかけてみた。思い浮かぶ画家の名前を10名挙げて、その中に女性画家がいるかどうかである。いまなら松井冬子やタマラ・ド・レンピッカが入るかもしれない。しかし、数年前ならば女性画家の名前はまず思い浮かばなかっただろう。うまくいけば上村松園が入ったかもしれないが、画家といえば洋画の印象が強いので果たしてどうだろうか。
  たいていの人は、科学者の中に女性が少なくても不思議だとは思わない。画家についても同様である。この『女性画家列伝』は『フェミニズムと科学/技術』(小川眞理子・著、岩波書店)というフェミニズム科学論の本を読んで知った。科学者に女性が少ないことを啓発する意味で、美術史にも言及していたのである。若桑みどりさんの本を読んだのは『お姫様とジェンダー』に次いで2冊目である。もっとも『女性画家列伝』は25年も前の本で、アマゾンのマーケットプレイスで購入した。若桑さんはジェンダー論にも造詣の深い美術史家だが、惜しくも2007年に亡くなられた。
  若桑さんが本書を執筆した動機も同じである。なぜ「女には偉大な芸術家がいない」のか。本当に「女は創造的な天分を持たない」のか。しかしそのことは、若桑さん自らの生を問うことでもあった。女性芸術家を理解することは「両刃のナイフであって、対象を解剖しているかに見えて」自らの手を切ることでもあったのだ。
  女性が芸術家になる第一の条件は、父による娘の育て方にある。父親が娘の才能を認め「男と同じに」育てるか、あるいは父親がいないため、人生の決定権が娘自身に委ねられているかである。本書に登場する女性画家の多くは、父親もまた画家や芸術愛好家であった。一方で上村松園やマリー・ローランサンなどは父親がいなかった。若桑さんも父親に反発しながらも、結局は芸術を志した父親の夢を引き継いだ。「父の、生きられなかった生を生きている点で男性なのであった」と語る。
  もう一つの大きな条件は結婚や出産に関わり、家事労働から解放されるか否かである。実際に出産・育児・家事によって、多くの女性はライフコースの変更を余儀なくされてきた。ここに登場する12人のうち5人は独身であり、あとの7人の夫は「妻のマネジャーか助手のような存在」あるいは「すぐれた“共同事業者”であり“同志”であった」という。
  「女に独創性はないか」との問いに対する答えも、この二つの条件に帰するように思う。かりに才能があっても、才能や知識を育んだり発表する機会が与えられず、女性は日常生活に埋没せざるを得ない。独創性が本質的に性差と結び付いているわけではなく、むしろ環境により形作られると考えるべきだろう。同様に受動性といった女性性も本質的なものではなく、環境によって形成された心理的傾向と捉えるべきだろう。
  それにもかかわらず社会は、女性性を本質的なものと見なすかのように固定化しようとする。女性は自らの自由意志と、社会からの要求との間で引き裂かれる。上村松園は、松園以前の美人画が「性」としての女を描いてきたのに対して、生活している女を描いた点で画期的だと若桑さんはいう。(ここでも若桑さんは「せっせと働いていた」母親のことに触れている) 松園といえば『焔』(中期の作とされる)などの妖艶な作品を思い浮かべがちだが、妄執や色恋を捨てた後期の作品を若桑さんはとくに評価する。それは若桑さんが、松園の中に「引き裂かれた女性」を見ているからではないかと思う。
  絵を見るだけでなく、絵を読もうとすると、それは自らのこころの内を鏡に映すようなところがある。そもそも科学にしろ芸術にしろ、ジェンダー的な視点で捉えようとするのは、自らの内にある澱のようにたまった家父長的な男性性を洗い出し、ある種のバランスを取ろうとしているような気がする。
  本書に出てくるレオノール・フィニの絵に少し魅かれるものを感じた。ところが、若桑さんの女の友人はだれもフィニを好まず、好むのは男たちだったと書かれていてハッとした。たしかにフィニの絵には男性的な好奇の目を向けていたのかもしれない。松井冬子やレンピッカの絵に対しても同様なところがあるように思う。男は男性性を指摘されなければ、なかなか気づくこともできない。絵はたんに見るものではなく、読むものだとあらためて思った。
  

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