「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

『ダーウィンの足跡を訪ねて』

2007年01月28日 | Science
『ダーウィンの足跡を訪ねて』(長谷川眞理子・著、集英社新書ヴィジュアル版)
  歴史は時間軸で語られるが、そこで起こった出来事には必ず空間が関わっている。フランス革命は18世紀にフランスという地域すなわち空間で起こった出来事であるし、アポロ11号が人類初の月面着陸に成功したのは1969年に月面という地球外の空間で行なわれたことだった。ここで語られているダーウィンの「進化論」は、たしかにフランス革命や人類初の月面着陸のような出来事ではない。しかし、ダーウィンが進化論にいたるまでの思索は、エジンバラの海岸やケンブリッジ大学、そしてガラパゴス諸島での経験を抜きにして語ることはできない。さらにさかのぼればダーウィンの生地であるシュルーズベリも無関係ではありえないし、彼の進化論は彼がウェストミンスター寺院に埋葬されたことにも影響を及ぼしているといえる。
  本書では、ダーウィンの生涯を、そのゆかりの地に足跡を訪ねることで語られている。科学史年表での「進化論」や『種の起源』ではなく、いわば生きた科学史である。進化論に関する本はそれこそ山のようにあるが、ダーウィンの生涯に関するものは意外と少ないように思う。その意味でも本書は貴重な存在といえるが、何よりも読んでいて楽しい。著者(と、その夫君)が撮った写真も数多く掲載されていて「ヴィジュアル版」の名に恥じない。数々のエピソードがわかりやすく語られているのは、進化論関係の啓蒙書を数多く執筆されている長谷川眞理子さんならではのものだろう。
  ダーウィンの足跡を訪ねながらも、長谷川眞理子さん(と、夫君の寿一さん)の旅行記になっているところが、本書のもう一つの読みどころである。ダーウィンの伝記だけを期待した読者にとっては、長谷川夫妻の旅行譚は唐突に感じるかもしれない。しかし、ダーウィンや進化論に対して近づきがたい印象をもっている一般読者にとっては、むしろ親近感を抱かせる役割を果たしているように感じられる。ダーウィンと関係の深いウェッジウッド家が住んでいたメア・ホールの写真を撮ろうとして、寿一さんがイラクサに刺されてしまうくだりなど、仲睦まじいかぎりである。ダーウィンと妻エマとの夫婦仲は、度重なる子どもたちの死という不幸をこえて、生涯円満であったという。その足跡をたどる長谷川夫妻もまた円満であるにちがいない。進化生物学(眞理子さん)と進化心理学(寿一さん)というほぼ同じ専門分野のなかで、その開祖であるダーウィンの足跡をたどることで、お二人の仲をそれとなく語ることができるとは、なんと羨ましいことだろう。
  子どものころから科学の歴史に興味をもっていて、本書のような科学史の紀行を書いてみたいと思ったことがある。とくに、科学史そのものよりも、科学者の生きざまに興味があった。しかし、科学史紀行など実現できるはずもなく、科学博物館などへ行ってお茶を濁しているのが自分の現実だ。だから、自分の能力は棚上げにしても、科学者の足跡をたどるどころか海外旅行にも、生涯の伴侶にも縁のない自分にとって、本書は何重にも羨ましさがつのる本である。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『素数ゼミの謎』 | トップ | 『いとおしい日々』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Science」カテゴリの最新記事