つづき。
廊下に立つ私を左からすり抜けたのは布団だった。
布団。しかし自身で移動するからには足がある。
足がある布団。生き布団か。
その生き布団が私には構わず、廊下の端の階段の前にいる老婆に襲いかかった。
いや、襲いかかったように見えたが、直前で止まった。そして叫んだ。
「おもちゃの缶詰、ハズレたくせに!!」
ついさっきまでは私を嘲るかのようだった老婆の表情が曇った。
生き布団はさらに詰め寄り罵った。
「おもちゃの缶詰、ハズレたくせに!!」
しわくちゃな老婆の細い目から大粒の涙が溢れてきたのが見えた。
そしてすぐに声を上げて老婆は泣き出した。
よほど、おもちゃの缶詰に思いが詰まっていたのだろう。
下を向き顔を手で覆う小さな老婆は、さらにさらに小さく見えた。
先ほどまでその老婆の首を飛ばすの蹴飛ばすのと私は考えていたくせに、
途端に可哀想になってしまって、後ろから布団の裾を引っ張った。
「おいおい、こら、年寄りをいじめるんじゃないよ」
布団が振り向いた。
あっ、ムンク。
こいつ、オレが何度も踏みつけたあの布団の高校生じゃないか。
ムンクみたいな顔で気絶していたのに、気がついたのか。すると、
「先生っ! お怪我はありませんか」
「怪我なんかしてないよ」
そうか、オレは先生だった。この子たちを引率していたのだった。
思い出した。
高校の修学旅行だったのだが、
本来、予約をしていた新しく大きな旅館に問題があり、
私のクラスだけがそこ泊まれず、こちらの古い旅館に来たのだった。
それで、オマエはたしか、「オオムラだったっけ」
「そうです。大村です」
「美術部の大村だよな」
「やだなぁ先生。先生が顧問じゃないですか」
「そうかそうか。そうだよなぁ。そうだった。そうだった」
私は何かすべてが氷解したような気分で、やたらに頷いたのだった。
「先生、トイレは下の階ですよ。案内しましょうか」
おお、それもそうだった。私はトイレを探していたのだった。
よく知ってるな、大村。
先ほど部屋の中でトイレを探していた時にきっと「トイレ、トイレ」と
独り言を呟いていたのだろう。
そろそろ我慢も限界であるような気がした。そういえば、
婆さん。あっ、婆さんがいない。
ここにいるのは耐えきれずに、泣きながら下へ降りてしまったのか。
うちの生徒がひどく悪いことをしてしまった。
後で謝らなくては。
まったく最近はお年寄りを敬わない輩がいるから困ったものだ。
そんなことを思いながら、私はひとりで階段を降りた。
階段を降りながら、なんとなく右手を見ると、
あっ、
つづく。
廊下に立つ私を左からすり抜けたのは布団だった。
布団。しかし自身で移動するからには足がある。
足がある布団。生き布団か。
その生き布団が私には構わず、廊下の端の階段の前にいる老婆に襲いかかった。
いや、襲いかかったように見えたが、直前で止まった。そして叫んだ。
「おもちゃの缶詰、ハズレたくせに!!」
ついさっきまでは私を嘲るかのようだった老婆の表情が曇った。
生き布団はさらに詰め寄り罵った。
「おもちゃの缶詰、ハズレたくせに!!」
しわくちゃな老婆の細い目から大粒の涙が溢れてきたのが見えた。
そしてすぐに声を上げて老婆は泣き出した。
よほど、おもちゃの缶詰に思いが詰まっていたのだろう。
下を向き顔を手で覆う小さな老婆は、さらにさらに小さく見えた。
先ほどまでその老婆の首を飛ばすの蹴飛ばすのと私は考えていたくせに、
途端に可哀想になってしまって、後ろから布団の裾を引っ張った。
「おいおい、こら、年寄りをいじめるんじゃないよ」
布団が振り向いた。
あっ、ムンク。
こいつ、オレが何度も踏みつけたあの布団の高校生じゃないか。
ムンクみたいな顔で気絶していたのに、気がついたのか。すると、
「先生っ! お怪我はありませんか」
「怪我なんかしてないよ」
そうか、オレは先生だった。この子たちを引率していたのだった。
思い出した。
高校の修学旅行だったのだが、
本来、予約をしていた新しく大きな旅館に問題があり、
私のクラスだけがそこ泊まれず、こちらの古い旅館に来たのだった。
それで、オマエはたしか、「オオムラだったっけ」
「そうです。大村です」
「美術部の大村だよな」
「やだなぁ先生。先生が顧問じゃないですか」
「そうかそうか。そうだよなぁ。そうだった。そうだった」
私は何かすべてが氷解したような気分で、やたらに頷いたのだった。
「先生、トイレは下の階ですよ。案内しましょうか」
おお、それもそうだった。私はトイレを探していたのだった。
よく知ってるな、大村。
先ほど部屋の中でトイレを探していた時にきっと「トイレ、トイレ」と
独り言を呟いていたのだろう。
そろそろ我慢も限界であるような気がした。そういえば、
婆さん。あっ、婆さんがいない。
ここにいるのは耐えきれずに、泣きながら下へ降りてしまったのか。
うちの生徒がひどく悪いことをしてしまった。
後で謝らなくては。
まったく最近はお年寄りを敬わない輩がいるから困ったものだ。
そんなことを思いながら、私はひとりで階段を降りた。
階段を降りながら、なんとなく右手を見ると、
あっ、
つづく。