「私はマリア・カラス」 @TOHOシネマズシャンテ
若い頃からオペラが好きだった。ただその視線はヴェルディを除けば、イタリアに向くことはなくて、モーツァルト、ヴァーグナー、R.シュトラウス、ヤナーチェク、ベルクなどへの偏愛だった。ヘンツェの「若き恋人たちのエレジー」を聴いたことがあるのに、レオンカバレッロの「道化師」すら聴いたことがなかった(ただ高校生のときに来日したミラノスカラ座でのアバド指揮の「オテロ」とクライバー指揮の「ラ・ボエーム」は、もうなんというか別世界での素晴らしい出来事だった)。
だから小さい頃亡くなったマリア・カラスはもちろん、クラシック音楽に夢中になっていた高校時代に亡くなったデル・モナコに対してもそれほどの気持ちを持っていたなかったくらい。
イタリアオペラに多少関心が向いたのは、皮肉にもイタリアとあまり関係のない、南米アマゾンの密林を舞台にしたドイツ映画「フィッツカラルド」を観た大学1年の時だった(アマゾンでドイツだと、イタリアのイの字もないね)。アマゾン河を航行する船から朗々と流れるカルーソーの歌声。それはなんだか味わったことのない映像だった。そしてラスト、船上で演じられるベッリーニの「清教徒たち」のシーン。
そんな風に世界的な名歌手マリア・カラスとは縁遠い生活をしていたのだけれど、美咲さんに教えられて「私は、マリア・カラス」を観て、もうね、びっくりですよ。歌の威力はもちろん、オペラの舞台ではないガラでも発揮される演技力、表情、目線、声の出し方、それらが総合されるマリア・カラスという楽器のすごさ。
映画の構成力、ドキュメンタリーでの演出の巧みさ、そしてなによりマリア・カラスという素材の爆発的威力。
プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」からの「o mio babbino caro」が流れると思うシーンで、ピアノ演奏になってしまって、でもその物悲しさが映像と相まって感動的。そしてタイトルロールになって流れる「o mio babbino caro」。本当に心にしみました。マリア・カラスという存在を忘れていた自分にお灸をすえます。
若い頃からオペラが好きだった。ただその視線はヴェルディを除けば、イタリアに向くことはなくて、モーツァルト、ヴァーグナー、R.シュトラウス、ヤナーチェク、ベルクなどへの偏愛だった。ヘンツェの「若き恋人たちのエレジー」を聴いたことがあるのに、レオンカバレッロの「道化師」すら聴いたことがなかった(ただ高校生のときに来日したミラノスカラ座でのアバド指揮の「オテロ」とクライバー指揮の「ラ・ボエーム」は、もうなんというか別世界での素晴らしい出来事だった)。
だから小さい頃亡くなったマリア・カラスはもちろん、クラシック音楽に夢中になっていた高校時代に亡くなったデル・モナコに対してもそれほどの気持ちを持っていたなかったくらい。
イタリアオペラに多少関心が向いたのは、皮肉にもイタリアとあまり関係のない、南米アマゾンの密林を舞台にしたドイツ映画「フィッツカラルド」を観た大学1年の時だった(アマゾンでドイツだと、イタリアのイの字もないね)。アマゾン河を航行する船から朗々と流れるカルーソーの歌声。それはなんだか味わったことのない映像だった。そしてラスト、船上で演じられるベッリーニの「清教徒たち」のシーン。
そんな風に世界的な名歌手マリア・カラスとは縁遠い生活をしていたのだけれど、美咲さんに教えられて「私は、マリア・カラス」を観て、もうね、びっくりですよ。歌の威力はもちろん、オペラの舞台ではないガラでも発揮される演技力、表情、目線、声の出し方、それらが総合されるマリア・カラスという楽器のすごさ。
映画の構成力、ドキュメンタリーでの演出の巧みさ、そしてなによりマリア・カラスという素材の爆発的威力。
プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」からの「o mio babbino caro」が流れると思うシーンで、ピアノ演奏になってしまって、でもその物悲しさが映像と相まって感動的。そしてタイトルロールになって流れる「o mio babbino caro」。本当に心にしみました。マリア・カラスという存在を忘れていた自分にお灸をすえます。