イタリアの泉

今は日本にいますが、在イタリア10年の経験を生かして、イタリア美術を中心に更新中。

救済の聖母(Madonna del Soccorso)

2021年04月04日 18時00分10秒 | イタリア・美術

Buona Pasqua!(祝復活祭)
本日は復活祭です。
クリスマスの次、もしくは同じくらい重要な日であるが、感染者拡大の為、イタリア全土で外出規制がかかっている模様。
来年こそは家族そろって復活祭を迎えられますように!

さて、今日はカーニバルの時に書けなかったネタを書くつもりだったのだが、3日の日本経済新聞の一面「春秋」に非常に面白い話が出ていたので、そちらを書くことに。
これ「こども庁」に関する記事なのだが、
”イタリアのフィレンツェ、ルネサンス初期の小さな教会に「救済の聖母」という絵がある。”で始まる。
”冷たい目つきの聖母が怪物をたたきのめさんと、こん棒を振り上げる。おびえる幼児が彼女のマントにしがみつく。子を抱く優しげなイメージとはほど遠い異色の聖母像である。
そのころ子供の致死率は驚くほど高かった。子を救う聖母像やおびただしい奉納画などが残るゆえんだ。病気や事故、貧困や暴力の犠牲になる子の姿は、近代にいたるまで美術に描かれ続けた。いつの時代も子供とは「人生の特に脆弱な段階として意識されていた」のだ(エリカ・ラングミュラ『子供』の図像学」)”(日本掲載新聞朝刊より抜粋)

「救済の聖母」のこと、知らなかった。
そしてすぐ調べたけど、フィレンツェの「救済の聖母」でヒットしたのはサント・スピリト教会(Santo Spirito)のこれ。
後ろの壁のレリーフに”San(c)ta Maria del Soccorso”、「救済の聖母」とちゃんと書いてあるので分かりやすい。

写真:Wikipedia
Domenico di Zanobi(別名Maestro della Natività Johnson)作。
Zanobiaの師匠はFilippo Lippi(フィリッポ・リッピ)でアシスタントとしてフィレンツェ、プラートで働いていた。1460年フィレンツェに戻り一時期Paolo Uccello(パオロ・ウチェッロ)の工房に入る。
作風はAndrea del Castagno, Alesso Baldovinetti、Sandro Botticelliなどのスタイルの発展形ともみられるがBernard Berenson(バーナード・ベレンソン)はCosimo Rosselliの追随者と言っている。
参考:Wikipedia

う~ん、サント・スピリトは決して小さな教会ではないよなぁ。
「初期ルネサンス教会」というのは納得できるけど。

それほど良く見かける図像ではないものの例えば

写真:https://www.galleriacolonna.it
Palazzo Colonna(コロンナ宮)所蔵のNicolò Alunno(ニコロ・アルンノ)作のものなどがある。
これは幼子が悪魔に連れ去られそうな母親が、聖母に助けを求める。
現れた聖母は、まさにこん棒を振り下ろすと構え、悪魔は驚きの声をあげているようだ。
この図像は中世に集められた「聖母の奇跡」の1つを描いたもので、特に”De puero quem B.V. a demonibus liberavit"という小説を言及することが出来るが、小説と絵画には食い違いが存在し、聖母は悪魔と折り合いを付けたところを描いたのではなく、聖母が怒った瞬間が描かれているという古い伝承の方が聖母が持っている紙片からも妥当と考えられる。
参考:http://arte.cini.it/Opere/153745

昨年はまっていた「慈悲の聖母」に比べると資料がみあたらないのだが、なんとか発見した記事によると「救済の聖母」こん棒を握り、足元でおののき縮こまっている悪魔を殴りつけようとしている様子を描いたものが一番一般的。
アウグスティヌス派の教父たちは、このような分かりやすいイメージによって、人々の信心にダイレクトに悪魔に対する全能の神の”救済力”を植え付けようとし、キリスト教信者は聖母を神と人の仲介者として崇めるようになる。
こん棒を持ち、幼いキリストを腕に抱く様子が製作されることも多く(特に彫刻)その場合は、幼子キリストを悪魔から守ろうとしている聖母となる。

このように悪魔がいないパターンもある。

祭礼としてはアウグスティヌス派の教父Nicola La Brunaが聖母出現を見たあとの1306年パレルモ(Palermo)で始まったと言われる。
伝統的には不治の病に侵され、もはや人生の終焉を迎えた修道士が聖母によって回復した。このニュースが広がるにつれ聖母はMadre del Soccorso(救済の聖母)と呼ばれるようになり、アウグスティヌス派によって「救済の聖母」はイタリア全土、ひいてはヨーロッパ各地へと広まっていった。
写真・参考:Wikipedia

なんか不完全な記事になった気がする。
日経新聞の記事を書いた記者は何者?
詳細を知っているなら教えて欲しいわ。



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
イースター (カンサン)
2021-04-04 19:19:35
fontanaさんへ、西洋ではこの日はイースター、東洋では清明節です。この時期、北半球では春爛漫の時期なので、西洋でも東洋でもお祝いしたい気持ちになるのでしょうね。
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あっという間です。 (fontana)
2021-04-05 17:59:51
カンサンさん
昨日の雨であっという間に桜は終わってしまいましたね。
来年こそなんの憂いもなくみんなで春を祝えるといいですね。
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