日曜日、朝5時半に起きた。
5時半でも既に蒸してるなぁ…
前日久しぶりに飲みすぎちゃって、体調は最悪だったのだが、母と約束してしまったので、頑張って起きた。
なぜなら三渓園の早朝観蓮会に行くため。
本牧市民公園に到着したのは6時半だった。何年ぶりだろう、この辺。
本牧市民公園には、昔プールに来ていた思い出がある。
そのプールも数年前、経営難で閉鎖してしまった。
まず目に入ったのは、横浜市と上海市の友好都市締結15周年を記念して造られたという「友好園」。
耳に入ったのはウシガエルの泣き声だった。高校生の時、踏んづけたことがある…
中国の伝統的な庭園で市民の憩いの場として平成元年に一般公開されましたが現在は老朽化のため閉鎖中。
私の記憶では、この辺りを最後に訪れたのはその前だから初のお目見え。
突如として現れたので違和感はあるが、この公園にはSLなどもあるので、何でもあり、というのがこの辺りかなぁと妙に納得したりして。
こっち側ではないけど、本牧と言えば1982年まで米軍の住宅が有ったエリア。
日本にその辺が返還されてもしばらくは広い野原が広がっていたもんねぇ。
マイカル本牧(今は「イオン本牧」になったのね)が建ち、住宅で埋め尽くされた今の本牧からは想像できないけど。
市民公園の駐車場から近い南門から三渓園の中へ。
大人700円はちょっと高くない?(各種割引あり)
母は市内在住65才以上ということで「濱ともカード」を見せて200円で入れたが。
考えれば考えるほど、私中に入ったの初めてかも、という気がする。
とりあえずお目当ての蓮を見に。
お目当ての大賀ハス。今から2000年以上前の古代のハスの実から発芽・開花したハスで、古代ハスとも呼ばれる。古来より日本にあったハスで、東大阪市善根寺町に自生していたものを、ハス研究で高名な大賀一郎博士が昭和11年に鑑定して命名。三渓園には昭和51年に舞妃蓮、太白蓮などと共に植えられたらしい。三渓園を作った原三渓はこの花を特に好んでいたそうで、花が咲くころになるとよく蓮見の茶会を開いたそうだ。
正面門から入るとすぐのところに大きな蓮池がある。
こちらのハスは朝の涼しい時にしか花が咲かず、9時ごろには花が閉じてしまう。
本来7時ごろがベストなはずだけど、この暑さなので、既に遅いかも。
この早朝観蓮会の時だけは、池の裏側も通れるようになっているとのこと。
写真は涼し気だけど、実際は既に暑い!!
大人の背丈ほどもあるハスの葉っぱがうっそうと茂っていて、その中から顔を出す花と三重塔を入れるのがベストショットなのだが、光の加減とかでなかなかいい写真は撮れないわ。
池の周りで色々なワークショップをやっていた。
そしてどこからともなく子供たちの元気なこれが聞こえる、と思ったら。
アニメに出てくるように、ハスの葉っぱを傘に、ハスの葉の葉脈から流れてくる水のシャワーを浴びて涼しそう。
虹が見えた。
蓮池から離れ、原家が私庭として使用していた内苑エリアへ。
「白雲邸」は現在修復中(右手前)
右奥は「臨春閣」紀州徳川家初代藩主頼宜が和歌山・紀ノ川沿いに建てた数寄屋風書院造の別荘建築で、内部に狩野派などの絵師による障壁画の複製(オリジナルは三渓記念館で保存・展示)や洗練されたデザインが各所に見られるらしい。
ってもしかして、横浜美術館で開催中の展覧会に展示されてる作品かしら?
左奥に見える小さな建物は「旧天瑞寺寿塔覆堂」で、豊臣秀吉が京都の大徳寺に母の長寿祈願のために建てさせた寿塔(生前墓)を収めるために造らせた建物。
彫刻が立派。
この建物の前には
これはなんだろ?
石塔の彫刻も面白い。
この奥へも行けるのだが、空腹と暑さで断念。
引き返して朝食探し。
やっとあり付けたのが朝がゆ定食1100円。
なかなか美味しかった。健康的な朝食。
本当は園内で開催中の「三渓園と日本画の作家たち」という展覧会を見ることもできたのだが、蓮見学以外は全て9時からオープン。私一人で行っていたら、絶対待っていたけど、母は1時間以上も待てない、というので、ここで退散。
実は、この辺でもしや軽い熱中症か?という感じだったので、帰って正解だった。
飲みすぎで水分不足、寝不足、その上この暑さですから、気を付けないとね。
園内の睡蓮池は全然咲いていなかったが、南門出た辺りは結構咲いていた。
早朝観蓮会は昨日が最終日だったのだが、ハスは今月半ばくらいまで見られるらしい。
公共交通手段ではちょっと行きにくいのだが、土日・祝日は「ぶらり三渓園バス」という横浜駅からの直行便も運航される。
https://www.sankeien.or.jp/
結局、早起きは三文の徳ではなく、お昼寝して無駄に過ごしてしまった。
睡眠不足が解消したら、熱中症らしい症状も良くなったけど。
皆様もくれぐれもお気をつけください!!
原三渓は1939年に逝去していますから、1950年頃育てた所謂2000年前の大賀ハスは観ることはできなかったはずで、多少時間の前後があるようです。
コメントありがとうございます。
確かにそうですね。
原三渓はどんなハスを愛でていたのでしょうか?そこまで復元してくれると面白いです。