イタリアの泉

今は日本にいますが、在イタリア10年の経験を生かして、イタリア美術を中心に更新中。

やさしくないダンテ

2009年06月27日 23時37分12秒 | 
試験勉強を放棄して今は何をしているかと言うと、帰国準備
というよりも帰国前にやらねばならないことをひたすら片付けている。

そのうちの一つに日本から運んで来た本を読むことも(?)
というのも普段はなかなか時間が無くて、わざわざ運んで来た本も手付かずのまま・・・
でも秋からの新学期に備えて、今のうちに予習しなくては。
というのもいきなりイタリア語の原本に入るのはきつい本、というのが結構ある。
全部が翻訳されていなくても、内容がなんとなく分かるだけでも違うのである。

そう、この本もそのために運んでもらった

やさしいダンテ<神曲> 阿刀田 高
やさしいダンテ、なんて魅力的なタイトル!
というのも翻訳された神曲を読んだことのある人なら分かると思うが、あれは古典だ。日本語が分からん

阿刀田 高と言えば、聖書からギリシャ神話まで"やさしいシリーズ"を出している。今回もかなり期待して読み始めた・・・でもね、やはり難しい
これは私が悪いのか?とちょっと落ち込みながらたどり着いた、最後の最後を読んで思わず爆笑!

以下は本文より引用()は私のつっこみです。
"<神曲>は日本においても優れた古典として愛読されている。
そうなの?
どれほど愛読されているか疑わしいところも少しあるけれど、高く評価され、敬われていることは確かである。
そうなの?
 だが、あらためて熟読玩味してみると、これはキリスト教について相当な知識がないと、ほとんど理解を絶する古典である。とりわけ天国篇はそうだ。
ー日本人は、そんなによくキリスト教になじんでいるかなあー
普通の人はなじんでないでしょう・・・
旧約聖書と新約聖書の区別さえつかない人が少なくないのである。
確かに!
すでに何度か触れたように<神曲>にはギリシャ・ローマ神話も繁く引用されている。この方面の知識も日本人は決して豊富ではない。
ごもっとも!!
あれこれ勘案すると、なかなか「なかなか?」愛読しにくい要素を含んだ古典と言ってもよさそうだ。
 そればかりではない。いや、同じことを別の視点から指摘することなのかもしれないが、
ー二十一世紀の日本人にはつらいなー
いや~21世紀だけじゃないでしょう???
 なんで天国の定石には、キリスト関係のえらい人ばかりが坐っているのか。マホメットは、おとがいから尻の穴までパックリと切り裂かれているし、聖徳太子なんてどこにもいない。グローバリズムはまったく見当たらない。
 「当たり前だろ。ヨーロッパの中世の知識なんだから」
 は、もちろんその通りなのだが、ダンテの志向した愛の理念を、
現代のヒューマニズムにまで昇華するには・・・
この古典を私たちの糧とするためには、なにほどかの脳みその卓越した操作が必要だ。
それなら、その方法を教えてくださいよ~!
精いっぱい、やさしく説き明かしてみたけど、
ーもっと踏み込むべきだったかなー
いや、これ以上踏み込んだら余計分からん!
やはりこれ以上は原典に挑戦していただくよりほかにない。"
やっぱりそれしかないですかねぇ!?

ははは・・・他力本願はやはり駄目ですか
秋からも苦労しそうです、はい



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