イタリアの泉

今は日本にいますが、在イタリア10年の経験を生かして、イタリア美術を中心に更新中。

スペインのEcce Homoはシチリアから?ーカラヴァッジョ(Caravaggio)

2021年04月18日 14時33分19秒 | イタリア・美術

先日オークションでブロックされたカラヴァッジョ(か?)のEcce Homo(エッケ・ホモ)
日本では全く話題になっていませんが、イタリアでは色々な意見が飛び交っているみたい。
いくつか面白い記事を紹介しようと思う。
というのもここのところすっかりイタリア語から離れてしまっているので、ちょっと復習。

一部の研究者がカラヴァッジョの作品だと言っているこの作品だが

サッカー選手の柳沢が一時在籍していたMessina(メッシーナ)にあるCastello di Roccavaldina(ロッカヴァルディーナ城)に住んでいた貴族でアートコレクターだったAndrea Valdina(アンドレア・ヴァルディ―ナ)が所有していてその後行方不明になっているものではないか、という説がでている。

この説はValentina Certoという研究者のもので、彼女はカラヴァッジョのメッシーナ時代を研究していて、"Caravaggio a Messina. Storia ed arte di un pittore dal cervello stravolto(メッシーナのカラヴァッジョ。ねじれた脳をもつ画家の歴史と作品)"という2017年に出版された本でdon Valdina(ヴァルディ―ナ卿)が所有していた絵画についても言及している。
 
カラヴァッジョは1609年、マルタ島(Malta)シラク―サ(Siracusa)と流浪の末メッシーナにいた。
作者不明のエッケ・ホモをprincipe Andrea Valdina(アンドレア・ヴァルディ―ナ王子)がメッシーナのRocca Valdina(バルディーナ城)に有ったという記録が残っている。
この王子の死後、彼の財産は息子のGiovanni(ジョバンニ)に渡った。
財産目録にはPalermo(パレルモ)のKalsa(カルサ地区)にあるパレルモのお屋敷も含まれていた。
そしてこのお屋敷に同じ作者と考えられる”Christo con la croce in collo(首に十字架を付けたキリスト)”とEcce Homo(エッケ・ホモ)が有り、両作品とも1672年ロッカ城(castello della Rocca)に移された、とある。
数年後、Giovanni Valdina(ジョバンニ・ヴァルディ―ナ)はイタリアを去りフランスへ。
その後お家断絶、美術品もどこかへ行ってしまった。
1676年、「首に十字架をつけたキリスト」と同じ作者の「エッケ・ホモ」は財産目録に最後の記述がみられ、更に「この2作品の大きさは"5 palmi per 4"」とジョバンニ・ヴァルディ―ナのメモが残っている。
5パーム×4パーム?
 1m = 3,8797palmiということで、5palmiはおよそ1.3m、4palmiはおよそ1メートル?
今回オークションに出展されたエッケ・ホモは111㎝×86㎝だという。

何にせよ、更なる研究と修復が必要だとValentina Certoは締めくくっている。
1609年、カラヴァッジョはメッシーナにいて、この時期は「エッケ・ホモ」他3作品との関連が伺われる。
Storie della Passione(受難の物語)
Resurrezione di Lazzaro(ラザロの復活)
Adorazione dei Pastori(羊飼いの礼拝)

カラヴァッジョのシチリア滞在中の作品といわれるものは多数存在している。
「エッケ・ホモ」も複数枚。
プライベートコレクションに2枚、そしてメッシーナの美術館(Museo Regionale di Messina)にもある。
しかしこれがバルディーナ家が所蔵してたものかは不明。
メッシーナのエッケ・ホモはもともと教会(chiesa di Sant‘Andrea Avellino dei Padri Teatini)に有った。

写真:Wikipedia
おっと、これ、ジェノバの「エッケ・ホモ」にそっくりじゃん!
この作品は、1755年Caio Domenico Galloがカラヴァッジョの作品と断定したが、後にVirgilio SaccàはNicolò di Giacomoが依頼主の「キリスト受難」3作シリーズの1枚ではないかと考えた。
Campagna Cicala教授はこの意見に賛同したが、Enrico Mauceriは否。
これはGenovaの「エッケ・ホモ」のコピーだ、と。
コピーしたのはメッシーナの画家、Alonso Rodriguez(アロンゾ・ロドリゲス)
Mariniはジェノバの「エッケ・ホモ」はメッシーナで制作され、スペインを目指して運び出されたものの、スペインには届かなかったと主張。
偉大なカラヴァッジョ研究家Roberto Longhi(ロベルト・ロンギ)の共同研究者、Mia CinottiはSaccàの古い仮定を踏襲し、ジェノバの「エッケ・ホモ」はカラヴァッジョの作で、この「エッケ・ホモ」はNicolò di Giacomoのシリーズの1枚。
「カラヴァッジョがメッシーナで制作することができたのは風俗画だけだ」と考えた。

カラヴァッジョは後世に研究者を悩ませる非常に複雑な謎を残してくれた。
これは本人だけが問題なのではなく、数多くの複製や類似作品を生み出した後世の芸術家のせいでもある。

参考:https://palermo.repubblica.it/
https://initalia.virgilio.it/
https://gazzettadelsud.it/

とここまで書いてきたが、「エッケ・ホモ」には更なる面白いお話があるようだが、今日はここまでにしておく。

p.s. 最近読んだ本に「風俗画」について興味深い記述があったので、忘れないようにここに引用しておくことにする。

イギリス美術を体系的に端的にまとめた良書だと思う。
なかなか日の当たらないところにいるイギリス美術を知るために非常に役にたった。

・風俗画とは「その他」の絵画
ところで、《当世風の結婚》は、美術史の分類では「風俗画」と呼ばれるタイプに属する。「風俗」とは「一定の社会集団に広く行われている生活上のさまざまなならわし」(『広辞苑』)であり、「風俗画」は「同時代の日常生活のひとこまを描いた絵画」と定義してよいだろう。わが国にも、桃山時代から江戸時代にかけての洛中洛外図、野外遊楽図や職人尽図など、「近世初期風俗画」としてくくられる作例が少なくないし、浮世絵も風俗画(版画)の好例である。
英語だと「風俗画」にあたる言葉はgenreないしgenre paintingである。フランス語から借用されたこの「ジャンル」という語は、わが国でも文学に関してはカタカナで定着しており、小説や戯曲、叙情詩といった文学形式の種類を意味する。美術に関しても、肖像画や風景画はそれぞれ別のジャンルとなる。だが、「風俗画というジャンル」を英語にすると、the genre of genre paintingとなって、まことにややこしい(ので、こうは言わない)。
なぜ、単に「種類」を意味する言葉が「風俗画」をさすようになったのだろうか。これは絵画の主題のアカデミックなランクづけと関係がある。十八世紀フランスのアカデミーでは、重大な出来事や重要な人物を描く「歴史画」と「肖像画」以外は、すべて「その他の種類」として片づけられていた。しかし、やがて「風景画」や「動物画」や「静物画」がその領域と名称を確立すると、どこにも分類しえない絵画が「ジャンル」の中身として残ったのである。

この本では慣例どおり、「ジャンル・ペインティング」の訳語として「風俗画」を用いるが、西洋の「ジャンル」は「歴史画でも肖像画でも風景画でも動物画でも静物画でもない絵」という消去法で残った概念である以上、その中身には積極的に定義しにくいところがあり、「風俗画」という言葉がぴったりしないように思える場合もあるかもしれない。十九世紀半ばにイギリスのある批評家は、「ジャンル・ペインティング」を「歴史画の特質の一部を静物画と結びつけたもの」と定義している。いずれにしても、イギリスにおいて、肖像画、風景画と並んで盛んに制作されたのは、この意味での風俗画であり、とくに十九世紀には、この分野が他を圧して人気を集めた。先の批評家によれば、この分野の創始者は、スコットランド出身でロンドンで活躍したデイヴィット・ウィルキー(Sir David Wilkie 1785-1841)だった。

イギリス美術、高橋裕子、岩波新書



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3 コメント

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カスティリア (山科)
2021-04-18 19:04:29
ある海外記事で、カスティリアのcouventから出たという、文章がありました。もとはイタリアのナポリ~シチリアあたりでしょうけど、直接には、、
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 (カンサン)
2021-04-18 20:07:49
fontanaさんへ、2019年にラファエル前派展がありました。その頃、この本"イギリス美術"を読みました。
ジョン エバレット ミレイのオフェーリアを初めて見た時、釘付けになりました。場所は北九州美術館でした。そのあと、何年かしてから、再び、日本にやってきました。その時は東京に見に行きました。関西には2回とも来ませんでした。(^^;
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尽きませんね。 (fontana)
2021-04-19 17:34:25
山科様
コメントありがとうございます。
「カラヴァッジョ!?」という話は尽きませんね。数年前見つかったという骨も今はどうなっているのやら…

カンサンさん
2019年の展覧会は私も見ました。
ミレイのオフィーリア、良いですよね。
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