部員間暴力など不祥事が続き、2016年夏の全国高等学校野球選手権大阪大会を最後に活動休止。2017年3月に大阪府高校野球連盟に脱退届を提出し、活動を休止している大阪・PL学園高硬式野球部が再開に向けた動きがあるとのニュースです。
1956年創部のPL学園高硬式野球部は、2009年までに春と夏の甲子園にあわせて37回出場し、歴代3位となる通算96勝を記録。全国制覇7回(春3回、夏4回)を誇り、1980年代から1990年代にかけて、甲子園のアルプススタンドに巨大な人文字を描き、高校野球ファンの間で絶大な人気を誇った名門中の名門、全国屈指の伝統校でした。
卒業後にプロに進んだOBの数も、他校を圧倒しており、木戸克彦さん(元;阪神タイガース)、西田真二さん(元;広島東洋カープ)、吉村禎章さん(元;読売ジャイアンツ)、桑田真澄さん(元;ピッツバーグ・パイレーツほか)、清原和博さん(元;オリックスバファローズほか)、立浪和義さん(元;中日ドラゴンズツ)、宮本慎也さん(元;東京ヤクルトスワローズ)、福留孝介選手(阪神タイガース)、今江敏晃さん(東北楽天ゴールデンイーグルス)、前田健太選手(ロサンゼルス・ドジャース)など、総勢82人を数え、球史に名を残す選手が多くいます。
活動休止の原因になったのは、度重なる不祥事の発覚でした。2000年代に入ってから、先輩・後輩の厳しい上下関係による、暴力の実態が明らかになっていきました。行きすぎた暴力は良くありませんが、昔では当たり前というか、あらゆる学校に野球部だけじゃなくいろんな部活動に、上下関係はあったと思います。ただ、時代も変わり、生まれ育った環境も変わって来ていた中で、旧態依然とした体質だったことは否定できないと思います。また、PL学園高は宗教法人により運営されており、ニュースなどによれば、野球部休部の背景には、その意向も働いていたとのことです。
さて、2020年1月11日にPL学園高硬式野球部のOB会総会が行われ、OB会長の桑田真澄さんが、「教団とは何度か話し合いを行っている。はじめて会った時に教団からも『復部を考えています』と言ってもらえた。非常にうれしい。OB会としても一致団結してバックアップしていきたい」とコメントしました。OB会は毎年、総会を開いて学校側に嘆願書を出すなど野球部復活を目指して活動を続けてきているそうです。
桑田さんは2019年1月に野球部のOB会長に就任し、PL学園高硬式野球部OBチームで2019年のマスターズ甲子園に初出場。9月下旬に学校を訪問し、理事長や校長に出場を報告し、人文字応援を許可してもらったそうです。その応援に卒業生など、約1400人が甲子園に詰めかけています。また、応援にあたり、学校から1000個のオペラグラスもプレゼントされていたそうです。今回のニュースの伏線だったとも思えます。
まだ復帰の時期やどのような野球部をつくっていくかは未定だそうですが、一歩踏み出したことは間違いないと思います。
桑田さんは、「野球部がまた甲子園で活躍する姿が見たいですし、みんながまたハッピーになれる日が来ればいいですよね」とコメントしています。
でも、そう簡単にはいかないでしょう。かつて高校の生徒だけで1000人を超えたマンモス校も、現在1学年約50人だそうです。また、過去の栄光を知らない世代の子どもたちにとって、不祥事で休部となったこともあり、イメージが良いとは思えません。それに、今では大阪桐蔭高を筆頭にして、大阪には名門強豪校が数多くありますし、有望な選手を集めるのは難しいかも知れません。
また、復部の場合に監督就任したいかと問われると、「今はまだそこまで考えることはできない。僕だけでなくOBはみんな監督をやってみたいという思いはある。そういう夢はありますよ」と話しています。桑田さんが監督に就任すれば、それなりに野球目的で生徒は集まる可能性はあるかも知れませんけど。
果たして、名門野球部が復活し、ユニフォームを再び甲子園で見られる日は来るのでしょうか。