忘憂之物

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             渋沢栄一

テレ朝「タモリステーション」1時間以上も無言のタモリ、SNSで話題に『大下ステーション』…

2022年03月19日 | 忘憂之物





とある女性誌の2021年「好きなコメンテーターランキング」堂々2位に輝く我らが玉川徹はその前年、2020年4月28日放送の「モーニングショー」にて「4月27日に東京都が発表した、土日に行われたPCR検査で陽性と判明した39人は、全部民間検査によって行われている」という趣旨の発言をした。

要するに行政の検査は土日休み。民間だけにやらせるから感染者が39人しかいない。このままゴールデンウィークに入れば、行政が検査しないんだから、正確な感染者がわからない。日本政府は無責任極まるんじゃないのか、と「ダイヤモンド・プリンセス号」から視聴率が20%を超えはじめた頃のテレビで言った。コロナの前は高視聴率番組ランキングにも入っていなかったが、がんがん煽っていきましょう、の作戦が功を奏してのコロナバブルだった。

周知の通り、これがまるまる誤情報、というか玉川の思い込みだった。そこらの飲み屋にいる「テキトーを言うだけのおっさん」と比して変わらぬレベルで視聴者の不安を煽り、怒りを誘発し、現政権、あるいは日々激務に追われる行政関係者に対する猛烈な批判を生じさせる可能性もある「重大な問題」をろくに調べもせず、大上段の上から目線で事実でないことを指弾して「なにやってんだ」とこき下ろす。ゴミクズの所業だ。

ふつうの神経なら土下座して詫びてから辞職する。連中は自民党の政治家にはそれを求めてきた。薄ら笑いを浮かべて小馬鹿にし、ときには眉間に皺を寄せて憤りのまま悪罵を浴びせ、それから何故辞めないのか、任命責任はどうなのか、本人の罪の自覚はあるのか、安倍政権の説明責任は問うだけ不毛だと視聴者に伝えてきた。それらがぜんぶ、我が身に降りかかったとすれば、ふつう、頭を丸めて都の職員と視聴者に謝罪して画面から消えるのが最低限の振る舞いだ。

それでも玉川徹は今日も元気だ。もはや「反社」レベルの逮捕者が出る会社の社員というのは、それくらいの胆力がなければ務まらない。世間の評価など気にもしていない。というか、世間の評価は好きなコメンテーター第2位だ。しかも女性誌。なんでもずばずば、政権を斬る雄姿はお茶の間を歓喜させる。さらに、もうそろそろ還暦ながらも愛くるしい童顔だ。人気が出ないはずもない。テレビ画面を通じてきゃーかわいーそだねーとか聞こえてくるはずだ(憶測)。

それになんか、わかんないけど、いつも難し話をしているから頭も良いし、自家用車はポルシェだし、テレ朝の社員、平均年収は1355万円(2020年まで。過去5年間平均。doda )、玉川さんは単なる平社員じゃなく、30年のキャリアを誇るテレ朝の報道局員、きっと年収も3000万とかあるんじゃないの、ちなみに人民元なら・・・160万元以上!!きゃーすごい結婚してーくらいの評価はあるはずだ(憶測)。正直なところ、なにからなにまで、まったく羨ましいとは思えないのが不思議だ。


まあ、ところで、だ。

そろそろ読者諸賢も気になって気になってしょうがないと思うのだが、こんな日本を代表するコメンテーター、国民的大スター様の玉川徹を差し置いて、堂々の第1位になったのがいるという驚愕の事実がある。それはいったい誰なのか。是非、予想をしてから読み進めてほしいのだが、その前に、いつからテレビはおかしくなってきたのか、を考えてみるに、やはり「ネタ切れ」の感が否めないと思う。つまるところ「面白くない」と視聴者が離れていく。

その点、我妻などもそうだが、女性は賢い。ちゃんと「ニュース風のワイドショー」と「ワイドショー風のニュース」はみない。朝や昼のテレビも「100円ショップで買える便利グッズ」やら「秋冬に流行るコーディネイト」などの紹介は見ている。地元の「隠れた名店」やら「人気のスイーツ」などをちらちらみて、ちゃんと「今年の冬も韓国がブームです。それでは若者に大人気、新大久保から中継です」とかやり始めたらテレビを消している。

本来ならNHKも捨てたもんでもない。地震があればNHKをつける人は多い。CMがないからだ。とりえず、民放で地震被害に遭った現地の様子を見ていても、いきなり「コロナ対策のつもりが過剰になり過ぎてませんか」とか、阿呆らしいCMが始まるとNHKに切り替える人も多いと思う。同時におまえは補助金311億円とか、過剰になり過ぎてないのか、と思う。

しかしながら民放はしんどい。やることもない。映画なども有料のチャンネルがあるし、ドラマも見放題とかある。素人でも務まりそうなバラエティなら、ちゃんと素人が動画も作って稼いでもいる。テレビに出たいです、というだけのバラエティタレントなどより収入もある。政治や歴史、経済や時事問題もそう。素人でもやれる程度の解説なら、ちゃんと勉強もして、自分で調べてから動画にしているチャンネルのほうが中身も濃く、面白い仕上がりになっていたりする。いまさら、薄っぺらいじいさんに「そうだったのか」と感心するのは、もっと薄っぺらいことを消費されるだけのタレントくらいだ。仕事だ。

テレビが面白くないから、我が家のテレビ画面もずっと古い映画などが流れる。あとは海外ドラマのシリーズもの。たまにネット動画か。もはやモニターだが、民放はもうダメだろう。諸行無常、つまりオワコンだ。致し方ないとあきらめていたら、昨日、希望の光が見えていた。なんとテレ朝である。

「タモリステーション」だ。ウクライナ戦争の特集をやるという。しかも、国民的人気タレントのタモリを冠する番組名だった。私ですら気になっていた。偶然、テレビを見る機会に恵まれたから見た。中身はともかく、やはり、さすがはタモリだった。私が確認できたタモリの発言は「ウクライナの人が早く、安心して暮らせるようになってもらいたいですね」みたいなものだけだった。そのあとおそらく、タモリは続けて「ま・・」なんとかと発言しようとしたが、MCと思しき大下アナウンサーが他の解説者に話を振ったから黙っていた。そしてそのまま番組は終わった。私は感心していたものだが、そのあとネットを見てみると、やはり、多くの日本国民も同じく、感心して唸っていた。

ちなみに、先ほどの女性誌によると「嫌いな司会者」の第1位は坂上忍だ。あのお昼休みのウキウキウオッチングの後続番組の司会者で俳優でタレントだが、長年続いた国民的テレビ番組の後枠は多くの視聴者に嫌われていた。もちろん、タモリは好感度も高く、認知度も聖徳太子や西郷隆盛を超えていた。それはそれでどうかと思うが、ともかく、日本国民はタモリを認めていた。大阪人ですら「タモリってなにが面白いのかわからん」という阿呆がいれば、滾々と「こうだから面白い」と説明していた。「そういうのじゃないんだよ」と諭していたのだ。

今回もそう。まさに「雄弁は銀、沈黙は金」を体現した。まさに「黙って聞いている」ことで視聴者を感心させ、そして「さすがだ」と唸らせたのである。リアルタイムで見ていた私なども、さすがに途中、気になったほどだ。

自分の名を冠する特番でずっとしゃべらない。ひたすらに黙って聞くに徹する。これはなかなか出来ることじゃない。それにサングラスだし、まさか、寝ているんじゃ、と心配になったくらいだ。いや、おちょくってはいない。本当に感心したのは「専門外だから黙って聞く」というタモリのスタンスだ。これもできるようでやれない。玉川徹をみればわかる。いまのテレビ、知らないのにテキトーを言って呆れられる連中は馬に喰わせるほどいる。それも偉そうに真上から、誰でも言えそうなことを大仰に言う阿呆らしさの対照的姿勢をタモリに見たのである。「賢者」というのはああいうことかと思った。


<明日のことを語れるヤツはゴマンといるが、昨日までのことをキチっとやれるヤツはほとんどいないんだよ>(タモリ)


スタジオには「専門家」がいた。司会のアナウンサーもベテランだ。そこに外交専門家、軍事専門家、現地に詳しいジャーナリストなどがいる。それらの専門家を遮って、慢心が口から出たような浅薄な戯言をわあわあやる下衆なことをタモリはしなかった。当事者でもない。専門家でもないのに「こうするべき」「それは間違ってる」と大きな声で、中国に頭を下げろ、政治的妥結をしろ、ウクライナは引くべき、という無責任極まる愚見を一ミリも言わなかった。タモリは代わりに現地のリポーターに対し「どうぞ気をつけて」と言った。多くの真面な視聴者はそこに謙虚と真摯さをみる。プロのタレントだ。


テレビの可能性をみつけるとしたらこれしかない。つまり、ホンモノを使え、ということだ。ニセモノは使うな、というだけだ。極、シンプルな話だ。テレビ屋は視聴者を舐めているんだろう。だから気づかない。わからない。

世の中には「プロ」がいる。例えばプロ野球の選手がみんな草野球レベルならどうだ。球場は埋まるのか。選手に憧れる少年はいるか。サッカーでもボクシングでもいい。それで金は稼げるか。生中継でスポンサーはつくか。

チケットを買って会場まで足を運び、長蛇の列に並んでやっと入場して開演を待ち、出てくるのが「カラオケ上手」レベルの歌手ならどうだ。CDは売れるか。歌番組は成立するか。動画の再生回数は回るか(回るときがある)。

お笑い芸人もそう。私の知るコンビで売れたのは全員が同じネタを何千回も練習する。アドリブっぽいネタでもやる。バイトの合間に夜中の公園でやる。寝ずにやる。休まずやる。路上で駅前でやる。喰えなくてもやる。そうしてようやく世間で「大爆笑ネタ」として受け入れられた「ネタ」を見て私は感動して泣いたことがある。その完成度は笑いを超越していた。人による努力の結晶がそこにあった。美しかった。素晴らしかった。

これがわかるなら、テレビのニュース報道もそうだと気付かねばならない。視聴者の代弁を勝手に気取り、専門家の発言を遮ってまで「これ、ウクライナとしては落しどころはどこなんでしょう」と草野球レベルを聞く必要はない。視聴者はそんなに阿呆でもない。そんなことは自分で考えるし、そんなもん「わかるわけない」と知れている。「プーチン大統領の最終的な目的はなんだと思いますか」と聞きたいなら、スタジオにプーチンを呼んで本人に問えばいい。もしくは専門家にだけ意見を述べてもらうべきだ。ウクライナがどこにあるかも危ういタレントに質問すべき内容ではない。

ところで、冒頭の女性誌。好きなコメンテーターランキング、2021年の王者は橋下徹だった。ダブル徹でワンツーフィニッシュ。これが世間の評価らしい。そりゃ、テレビ屋が気づかないはずだ。



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