高丘中学校のホームページを開いたら 「2018年12月6日(木)ブルーベリーの大きいような…」というサブタイトルで
昨日、高丘コミセン高齢者大学で、この『一枚の映像から』の写真をもとにした、『高丘中の四季』と題した講話をさせていただく機会がありました。・・・ との書き出しがありました。どうもありがとうございます。
理科も教えることのできる尺八吹きというユーモラスな自己紹介もありました。
上のような雰囲気でトートーと、とても2時間の講義時間では足りないくらいの語りかけでした。
「夕顔に引っ付いていた子です」2018年9月26日
身体の小さなオスが、身体の大きなメスの背中に乗って、生活をしています。≪オンブバッタ≫と云います。必ず、大きくて下の方にいるのがメスです。 バッタの仲間は、交尾をする時には、メスの上にオスが乗っかかっていくことが多いのですが、交尾が終わるとすぐに離れていきます。しかし、この≪オンブバッタ≫は、交尾の前後、いつも一緒です。
(すべて、先生が高丘中学の内外で自分で撮影されたものだが、白字は先生が書かれたホームページからの抜粋です。)
「これが肉食性『虻』です。」2018年11月26日
先週木曜日に『虻』を載せました。これらは、いわば草食系のハナアブの仲間でした。その時“刺す”『虻』もいるよ、と書いたのですが、今日の一枚は、当にその“刺す”『虻』、≪トラフムシヒキ≫です。
「あすなろに捧ぐ」2018年12月6日
我が校の『校木』は≪アスナロ≫です。その『碑』に曰く - 明日は檜になろうと一生懸命考えている木 - と。 ≪アスナロ≫を漢字で書くと『翌檜』。まさに『翌日はヒノキに!』という、字ですね。
なりたい自分になる為、懸命に努力せよ、という意味での、校木への制定だったように思います。
「むくどりの夢」2018年1月29日
浜田廣介作。母さん鳥が亡くなったことを知らずに、父親鳥と共に暮らす椋鳥の子どもが、雪の夜、夢の中で、真っ白い翼を持つお母さんと思える鳥に出会う話です。
≪ムク(椋)≫の木の実をよく食べるので、≪ムクドリ(椋鳥)≫という名がついたと言われていますが、雑食性の留鳥で、木の実から≪ミミズ≫まで、なんでも食べます。嘴と脚がオレンジ色なので、その特徴がよくわかると思います。
「西に行く」2018年3月30日
願わくは 花の下にて春死なん その如月の望月の頃 西行
西行法師が詠んだ歌だ。西行は、上皇の警備を担当する“北面の武士”として世に出る。そして23歳、若くして出家をし、漂泊の旅を続けながらあまたの歌を詠み、この歌のとおり、旧暦、2月の(如月)満月の日に、≪サクラ≫の花咲き乱れる下、72歳で亡くなったという。
昔の日本人にとって、“花”と言えば≪サクラ≫の事と決まっていた。
その≪サクラ≫は、現在よく見る≪ソメイヨシノ≫系のものではなく、≪ヤマザクラ≫系のものであったろう。
先生は教員になられるまでいろいろな回り道があったとの自己紹介があった。こうやってお聞きした話とホームページを拝見すると、小生もこんな仕事に就きたかったという感が沸いてきた。小生はまったくの勉強嫌いだから無理に決まっているが・・・(笑)。
昨日は先生も高齢者大学学級生も時間を忘れてしまうようなひと時を過ごさせていただき、誠に有難うございました。
カマキリって交尾の後メスはオスを食べる習性があるんじゃなかったでしたっけ?
あ・・・違う昆虫だったかな?
こう言う自然のお勉強、大好きです。
友人ならジェイク君がそれにはいります
自然の事なら広い分野で人が知らない事を知っています。
ほんとreeさんのおっしゃる通りですね!
上から二番目はバッタですね。
カマキリは見ることが多いですが、バッタって昔むかししか見た記憶ないです。
この方は理科がご専門で、でっきとした校長先生です。
上に書いた人となりは、私の想像で、たぶん教員の一番底辺からのたゆまぬご努力と、エリート教員には学ぶ機会もないのじゃーないかと思うくらいのすばらしい人あたりです。
先生の中の先生だと思いました。
>自然の事なら広い分野で人が知らない事を知っています。
この先生が撮った写真とコラムの上の紹介は、ほんの一握りで、
「一枚の映像から」の2015年~2018年には
↓
http://scwww.edi.akashi.hyogo.jp/~jr_tkok/?read=event&grade=one
数冊分の本にもなるような写真と記述があります。
校長先生をやりながらの更新です。
そして頭のとても低い方です。
>こんな方に教えてもらいたかったと思いました。
そうですね、気さくな かつ 細かな努力を積み重ねられた校長先生だと思いました。
中学校のホームページもまめに投稿されていますね!