15%削減罰則付き電力使用制限令が7月1日政府によって発動され、さらに7月20日西日本5電力会社へも今夏の節電要求が出され、企業は残業制限・サマータイム導入・休日シフト・在宅勤務拡大などワーキングスタイルの見直しに動く。
しかし企業はこの際「節電」対策だけに捉われず、これを好機と考えて積年の労働に関わる問題をどのように解決するかを、新しい経営モデルの構築を視野に入れてさらに検討しておく必要がある。それを先取りして実行できることが、今後の優良企業の条件となる。
前回は、節電を契機に考えられるマルチなワーキングスタイルについて検討した。一方で、労働に関わる問題を解決するという視点からアプローチすると、また別のアイディアが出てくる。これが、今回のテーマだ。
1、まず、労働生産性の問題だ。日本の労働生産性は低い。2009年で755万円(就業者1人当たり名目付加価値、購買力平価換算)、OECD加盟33カ国中22位、主要先進7カ国で最下位、米国比66.7%。製造業はOECD6位、先進国では米国に次ぐ2位で米国比70.6%だが、サービス産業での立ち遅れが全体を下げている。米国比で、金融仲介87.8%、郵便通信73.2%などの一部を除いて、飲食宿泊37.85、卸小売42.4%、運輸48.4%、ビジネスサービス50.8%は大きく下回る(労働生産性の国際比較2010年版 日本生産性本部)。
さて、ここでいくつか分析を要する点がある。
(1)まず、1人当たりの労働生産性を議論する場合、失業率を考慮しないと、失業率の低い日本は不利で公平でないという意見がある。しかし逆に、日本の場合は残業などの労働時間が多く(注1)、サービス残業(注2)も合わせて考慮すると、表面に出た数値よりもっと生産性が低いことになる(この考え方は、日本生産性本部へ確認済み)。
(注1:2010年9月男性正社員の所定外労働平均時間は37.0時間、45時間以上が22.0%、80時間以上が9.1%占める。2009年の1人当たり平均年間総実労働時間は日本100としたとき、米103、英96、仏91、独81。注2:同時期の所定外労働時間で残業手当支払い対象であるのに申告しなかった者の割合43.9%、所定外労働時間に占める申告しなかった時間の割合51.1%。出典は連合総研「第20回勤労者短観」2010.10. 及び「OECD Employment Outlook 2010」)
このことから、節電を契機にただ残業を削減し、その分の生産性を議論しても生産性の国際比較に影響はない。そういう小手先の策を講ずるのでなく、業務そのものを抜本改革して効率を上げないと国際的に太刀打ちできないということを認識すべきだ。
(2)次に、大きく立ち遅れているサービス産業の対策だ。この場合も、残業削減のための作業効率向上という視野の狭い取り組みではだめだ。この際、抜本策を講じるべきだ。
日本のサービス産業のきめ細かな心の行き届いたサービスは世界的に評価されているが、人手と時間をかけた過剰品質・サービスは、生産性を押し下げる要因の1つだ。そろそろ見直すべきだ。デパートでよく見かける客の数を上回る店員数が、それを如実に物語る。旅館での布団の上げ下げは客に任せていいのではないか。事ほど左様に、10年1日のごとく固執する旧来のやり方を見直し、労働時間を減らす工夫をすべきだ。
IT利用をもっと図ることは、その方策の1つだ。インターネット利用率は、産業別に見たとき製造業も運輸・卸小売・サービス業なども大差がない。しかし、ITの内容別実施状況をみると、産業間で差が出ている。電子タグの導入率が技術や価格の問題もあるが全体的に低く(全産業で6.5%)、ICカードやネットワーク機能付加機器導入率は運輸・卸小売・サービス業で低い(20%前後、製造業は約28%)。電子商取引導入率は卸小売業が全産業で最も高く59.4%だが、運輸業は34.7%で低い(総務省「平成23年通信利用動向調査」)。サービス産業には、まだまだIT利用の余地は大きい。
労働生産性の分母を下げる策ばかり強調しているようだが、一方規制緩和や制度改革で需要喚起、新規事業進出、起業機会拡大などを促し、分子を拡大する策も必要だ。
2、次に、ワークライフバランスの問題だ。節電対策の1つとして、在宅勤務が挙げられる。
しかし、在宅勤務を含むテレワーク(情報通信機器を利用して時間・場所に制約されず勤務する形態)の普及率は、企業で12.1%といまだに低い(総務省「平成22年通信利用動向調査」平成23年5月)。まだ働き方として一般的でない。
しかし、今テレワーク導入の必要性が高まっている。その1例が、仕事と生活の調和を図る一手段としてだ。議論は身近なところで通勤地獄などのストレス解消から始まり、働き蜂などは遠い昔の話、近年は人生を幅広く豊かに楽しむ人生観が主流、女性の社会進出で家事や育児もしやすい環境、高齢化で身内の介護も考慮する環境が求められるのは常識、そこに職住の関係を柔軟に考えられるテレワークの存在感が増す。
なお、ワークライフバランス問題にはテレワーク以外に、男女共の育児やボランティア活動時間確保のためのフレックスタイム導入、休暇の長期取得など多くあり、これらを考慮した勤務体系確立が必要だ。
3、さらに、少子高齢化に伴う労働力不足の問題だ。今後、主婦・高齢者・身障者らを有効活用するために多様な働き方が求められるが、テレワークが有効な方法の1つだ。在宅勤務のほかに、モバイル型や施設利用(サテライト)型など、柔軟な活用が必要だ。
そのためには、テレワークに適した業務を選択すること、さらに業務の流れ・引継ぎ・責任分担などを明確にするなど、業務そのものをテレワークに対応できるように変えて行く必要がある。一方でテレワークの生産性が心配されるが、仕事への集中度はオフィス勤務時より自宅勤務時の方が高い。職場での口頭連絡もあって集中度だけが生産性ではないが、6時間以上の集中度持続は自宅で58.0%、オフィスで24.3%だ(「平成17年度在宅勤務実証実験」日本テレワーク協会)。
さらに、これから少子高齢化で労働力不足が加速する中、業務従事時間で人事勤務評価をする組織から、アウトプットで評価をする組織へ脱皮が求められるなど、実質的な生産性や価値を生み出す組織へ転換していかなければならない。
他に労働力不足解決の有効な方法として、外国人の活用がある。国の課題になるが、規制緩和・制度改革など外国人受け入れのための条件を今からきちんと整備しておかなければ、有効活用ができないだけでなく、深刻な問題を抱えることになる。
4、地域格差を是正し地方の疲弊を救う手段として、サテライト型のテレワークは有効な方法の一つだ。過去サテライト型は費用対効果などの点で敬遠されたが、地方の公共施設や遊休施設の積極利用を考えると、初期投資や経費を節約できるうえに、地方の活性化に寄与できる。地方の活性化や交通過密・公害などの対策として、アメリカでは分散型オフィスが行政主導で行われているが、日本も同様に財政面などの行政支援が必要だ。
なお、今回の大震災を契機に企業や個人の公共奉仕の姿勢が随所に活発に見られたが、これからますます社会からその要求も高まり、必要性も強くなろう。特にワーキングスタイルが工夫される中、創られた時間や空いた時間で、企業人が一市民として地域の教育・福祉・環境などのボランティアに積極参加するようになり、地域活性化に寄与する。
企業は、公共性・社会的責任などの観点からその辺の自覚を欠かすことは許されず、深くコミットメントして行かなければならない。
5、悪しき労働慣行の是正が、節電を契機にしたワーキングスタイルの多様化や新しい経営モデルの構築により進行する可能性がある。その可能性を実現するのは経営者の責任だ。今まで検討したように、労働生産性や付加価値の向上のために組織や業務が抜本的に改革され、テレワークなど多様なワーキングスタイルが導入され、アウトプットで人事評価されることが主流になり、さらに企業や個人の公共性や社会的責任が増すにつれて、(1)長時間労働やサービス残業は排除され、(2)取りにくかった有給休暇も取りやすくなり、(3)定性的人事評価/年功序列/終身雇用のサイクルで成り立った日本的経営が否定され、(4)それに伴って多くの人にチャンスが出てきて、女性や非正規社員が軽視されて男子正社員が偏重されてきた風潮が無意味になってくる。
「節電」によるワーキングスタイルを考えるとき、そこで終わらないで、積年の問題解決を念頭に、新しい企業経営スタイルを構築することを視野に入れて戦略的に取り組まなければ、企業経営は限界にぶち当たり、今後生き残ることも勝ち抜くことも難しくなる。【増岡直二郎】
(ITmedia エグゼクティブ)
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しかし企業はこの際「節電」対策だけに捉われず、これを好機と考えて積年の労働に関わる問題をどのように解決するかを、新しい経営モデルの構築を視野に入れてさらに検討しておく必要がある。それを先取りして実行できることが、今後の優良企業の条件となる。
前回は、節電を契機に考えられるマルチなワーキングスタイルについて検討した。一方で、労働に関わる問題を解決するという視点からアプローチすると、また別のアイディアが出てくる。これが、今回のテーマだ。
1、まず、労働生産性の問題だ。日本の労働生産性は低い。2009年で755万円(就業者1人当たり名目付加価値、購買力平価換算)、OECD加盟33カ国中22位、主要先進7カ国で最下位、米国比66.7%。製造業はOECD6位、先進国では米国に次ぐ2位で米国比70.6%だが、サービス産業での立ち遅れが全体を下げている。米国比で、金融仲介87.8%、郵便通信73.2%などの一部を除いて、飲食宿泊37.85、卸小売42.4%、運輸48.4%、ビジネスサービス50.8%は大きく下回る(労働生産性の国際比較2010年版 日本生産性本部)。
さて、ここでいくつか分析を要する点がある。
(1)まず、1人当たりの労働生産性を議論する場合、失業率を考慮しないと、失業率の低い日本は不利で公平でないという意見がある。しかし逆に、日本の場合は残業などの労働時間が多く(注1)、サービス残業(注2)も合わせて考慮すると、表面に出た数値よりもっと生産性が低いことになる(この考え方は、日本生産性本部へ確認済み)。
(注1:2010年9月男性正社員の所定外労働平均時間は37.0時間、45時間以上が22.0%、80時間以上が9.1%占める。2009年の1人当たり平均年間総実労働時間は日本100としたとき、米103、英96、仏91、独81。注2:同時期の所定外労働時間で残業手当支払い対象であるのに申告しなかった者の割合43.9%、所定外労働時間に占める申告しなかった時間の割合51.1%。出典は連合総研「第20回勤労者短観」2010.10. 及び「OECD Employment Outlook 2010」)
このことから、節電を契機にただ残業を削減し、その分の生産性を議論しても生産性の国際比較に影響はない。そういう小手先の策を講ずるのでなく、業務そのものを抜本改革して効率を上げないと国際的に太刀打ちできないということを認識すべきだ。
(2)次に、大きく立ち遅れているサービス産業の対策だ。この場合も、残業削減のための作業効率向上という視野の狭い取り組みではだめだ。この際、抜本策を講じるべきだ。
日本のサービス産業のきめ細かな心の行き届いたサービスは世界的に評価されているが、人手と時間をかけた過剰品質・サービスは、生産性を押し下げる要因の1つだ。そろそろ見直すべきだ。デパートでよく見かける客の数を上回る店員数が、それを如実に物語る。旅館での布団の上げ下げは客に任せていいのではないか。事ほど左様に、10年1日のごとく固執する旧来のやり方を見直し、労働時間を減らす工夫をすべきだ。
IT利用をもっと図ることは、その方策の1つだ。インターネット利用率は、産業別に見たとき製造業も運輸・卸小売・サービス業なども大差がない。しかし、ITの内容別実施状況をみると、産業間で差が出ている。電子タグの導入率が技術や価格の問題もあるが全体的に低く(全産業で6.5%)、ICカードやネットワーク機能付加機器導入率は運輸・卸小売・サービス業で低い(20%前後、製造業は約28%)。電子商取引導入率は卸小売業が全産業で最も高く59.4%だが、運輸業は34.7%で低い(総務省「平成23年通信利用動向調査」)。サービス産業には、まだまだIT利用の余地は大きい。
労働生産性の分母を下げる策ばかり強調しているようだが、一方規制緩和や制度改革で需要喚起、新規事業進出、起業機会拡大などを促し、分子を拡大する策も必要だ。
2、次に、ワークライフバランスの問題だ。節電対策の1つとして、在宅勤務が挙げられる。
しかし、在宅勤務を含むテレワーク(情報通信機器を利用して時間・場所に制約されず勤務する形態)の普及率は、企業で12.1%といまだに低い(総務省「平成22年通信利用動向調査」平成23年5月)。まだ働き方として一般的でない。
しかし、今テレワーク導入の必要性が高まっている。その1例が、仕事と生活の調和を図る一手段としてだ。議論は身近なところで通勤地獄などのストレス解消から始まり、働き蜂などは遠い昔の話、近年は人生を幅広く豊かに楽しむ人生観が主流、女性の社会進出で家事や育児もしやすい環境、高齢化で身内の介護も考慮する環境が求められるのは常識、そこに職住の関係を柔軟に考えられるテレワークの存在感が増す。
なお、ワークライフバランス問題にはテレワーク以外に、男女共の育児やボランティア活動時間確保のためのフレックスタイム導入、休暇の長期取得など多くあり、これらを考慮した勤務体系確立が必要だ。
3、さらに、少子高齢化に伴う労働力不足の問題だ。今後、主婦・高齢者・身障者らを有効活用するために多様な働き方が求められるが、テレワークが有効な方法の1つだ。在宅勤務のほかに、モバイル型や施設利用(サテライト)型など、柔軟な活用が必要だ。
そのためには、テレワークに適した業務を選択すること、さらに業務の流れ・引継ぎ・責任分担などを明確にするなど、業務そのものをテレワークに対応できるように変えて行く必要がある。一方でテレワークの生産性が心配されるが、仕事への集中度はオフィス勤務時より自宅勤務時の方が高い。職場での口頭連絡もあって集中度だけが生産性ではないが、6時間以上の集中度持続は自宅で58.0%、オフィスで24.3%だ(「平成17年度在宅勤務実証実験」日本テレワーク協会)。
さらに、これから少子高齢化で労働力不足が加速する中、業務従事時間で人事勤務評価をする組織から、アウトプットで評価をする組織へ脱皮が求められるなど、実質的な生産性や価値を生み出す組織へ転換していかなければならない。
他に労働力不足解決の有効な方法として、外国人の活用がある。国の課題になるが、規制緩和・制度改革など外国人受け入れのための条件を今からきちんと整備しておかなければ、有効活用ができないだけでなく、深刻な問題を抱えることになる。
4、地域格差を是正し地方の疲弊を救う手段として、サテライト型のテレワークは有効な方法の一つだ。過去サテライト型は費用対効果などの点で敬遠されたが、地方の公共施設や遊休施設の積極利用を考えると、初期投資や経費を節約できるうえに、地方の活性化に寄与できる。地方の活性化や交通過密・公害などの対策として、アメリカでは分散型オフィスが行政主導で行われているが、日本も同様に財政面などの行政支援が必要だ。
なお、今回の大震災を契機に企業や個人の公共奉仕の姿勢が随所に活発に見られたが、これからますます社会からその要求も高まり、必要性も強くなろう。特にワーキングスタイルが工夫される中、創られた時間や空いた時間で、企業人が一市民として地域の教育・福祉・環境などのボランティアに積極参加するようになり、地域活性化に寄与する。
企業は、公共性・社会的責任などの観点からその辺の自覚を欠かすことは許されず、深くコミットメントして行かなければならない。
5、悪しき労働慣行の是正が、節電を契機にしたワーキングスタイルの多様化や新しい経営モデルの構築により進行する可能性がある。その可能性を実現するのは経営者の責任だ。今まで検討したように、労働生産性や付加価値の向上のために組織や業務が抜本的に改革され、テレワークなど多様なワーキングスタイルが導入され、アウトプットで人事評価されることが主流になり、さらに企業や個人の公共性や社会的責任が増すにつれて、(1)長時間労働やサービス残業は排除され、(2)取りにくかった有給休暇も取りやすくなり、(3)定性的人事評価/年功序列/終身雇用のサイクルで成り立った日本的経営が否定され、(4)それに伴って多くの人にチャンスが出てきて、女性や非正規社員が軽視されて男子正社員が偏重されてきた風潮が無意味になってくる。
「節電」によるワーキングスタイルを考えるとき、そこで終わらないで、積年の問題解決を念頭に、新しい企業経営スタイルを構築することを視野に入れて戦略的に取り組まなければ、企業経営は限界にぶち当たり、今後生き残ることも勝ち抜くことも難しくなる。【増岡直二郎】
(ITmedia エグゼクティブ)
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