2nd Stageトラバース

50代で転職し、第二の人生スタート。
もがいて、笑って頑張るおやじをお届けします。

碓氷峠ウォーキングトレイル 要害の地での鉄道マンの誇り

2020-10-06 07:03:03 | 日記
信州の実家の草刈りを終え帰路に着いたが、碓氷峠の鉄道文化むらに久しぶりに行きたくなり立ち寄りました。


博物館の横にアプト式鉄道軌道跡のウォーキングコース(片道6キロ)があり、この土日は全く歩いていなかったので急遽、鉄道博物館見学を止め碓氷峠鉄道軌道アタックと相成った。

出発!


歩き始めるといきなり碓氷峠関所跡に遭遇した。
箱根の関所と並ぶ関東守護の要所。
明治新政府に交通の障害として徹底的に焼き払われた。


碓氷峠鉄道跡と、碓氷峠関所跡と、こりゃ一石二鳥!
歩いて良かった。




流石に鉄道軌道跡。一直線です。柵の右側が線路を潰して作ったウォーキングロード。


丸山変電所跡。


鉄道の難所、碓氷峠に電気を送り続けた。


このようなトンネルがいくつもあります。


めがね橋。

碓氷峠と言えど、電車が登られなければならないので、斜面ではあるがウォーキングにとって傾斜は楽なものです。



更に幾つかのトンネルを抜けるとウォーキングゴールの熊ノ平駅跡。

熊出没注意の看板があったし、急峻な碓氷峠に唯一の僅かな平地だったのか
、名付けられた駅名。




ここで上下線を交差させ、関東と信濃
の往来を可能にした。




しかし、碓氷峠の険しさ故に、昭和二十六年、突然の山崩れで家族を含む鉄道関係者五十人が亡くなる大惨事が発生。

悲しい鉄道文化の歴史。




碓氷峠鉄道むら。
他の鉄道博物館のような華やかさはないが、展示されている野ざらしの電機機関車群の足周りはピカピカで、いつでも走り出せそうな状態を保っている。





鉄道マンの誇り。





便利になった時代と、鉄道文化を支える方々に感謝し、要害碓氷峠を後にした。

信州の仕込み味噌 「うざったい」の本質

2020-10-04 21:11:53 | お米語り
信州の五郎兵衛新田は「はぜ掛け」が始まりいよいよ新米の季節を迎えるが、夏のお彼岸を過ぎは信州「仕込み味噌」の封印を解く時期。




3月に味噌倉から購入し、半年寝かせてからやっと開封する。


都会では見かけない味噌の食べ方。
段ボールごと購入します。



段ボールを木枠で固め、味噌に圧力をかけてあります。





木枠を外すと味噌見参。
白カビが繁殖していますが混ぜ込みます。




贔屓の店は各家で違うし、寝かせる期間も異なるので、信州味噌と言っても味は各々の家毎に違うのではないか。




そうは言っても美味しいです。




家のご贔屓はこのお店です。


屋号は醤油でも味噌が有名。




信州味噌は有名だけども、実際はこんな購入の仕方をして、寝かせ食しています。




だから
「美味しい信州味噌買って来て」と
言われても、なかなか手に入るものではない。




ネットで探せばあるにはあるが、田舎のいいもの探しは地元ネットワークがを持っていないとなかなか本物には出会えない。




都会人には非常に「うざったい」ところ。




でも、何につけ人間関係抜きでは語れないと覚悟すれば、田舎は都会人にとって、いいトレーニングの場だ。





会社でも「うざったい」を打算でやることもあるでしょ。




田舎で人間力つくと思います。