白駒の池 紅葉 2014年10月4日
井上靖の作品に「比良のシャクナゲ」という小説があります。
琵琶湖畔に聳える比良山系の山中の断崖に群生する香り高いシャクナゲの花の群落の写真を見た主人公が自分が人の世に疲れ絶望や孤独に苛まれたときにいつかこの山に登りシャクナゲを見に行くはずだと確信したということがモチーフになっています。
シャクナゲは常緑樹では珍しく高山に生育するツツジ科の低木ですが、毎年この紅葉の時期に白駒池を訪れると、寒冷地にもかかわらず、青々と力強く広げている葉を見るにつけ、長い冬を乗り越えるその生命力の強さに驚かされます。
白駒池周辺のシャクナゲは白山シャクナゲという種類の白花で、七月頃に咲くそうです。
以前知り合いでシャクナゲマニアがおり、新潟の山中で見つけてきてはコレクションにしている人がいましたが、その話しぶりはマニアを通り越して、もはやとり憑かれている状態でした。もちろん自然種は暑さ対策をした園芸用改良種でないのでよほどのことがないかぎり素人では栽培は難しいと思います。
比良のシャクナゲは、小説になる前に 詩人井上靖が同名の詩を書いています。詩人は実物のシャクナゲをいつか見ることを心に期しながら世の荒波のなかで生きて行きます。そして、もはやこれまでという時が来たならば、「疲労と悲しみをリュックいっぱいに詰めて(原文のまま)」山に登りシャクナゲの花の下で睡ることを夢見ますが、その夢は決して破られることはありませんでした。何故ならその一連の行為に先にある一種の悟りの境地をも見えていたからです。
白駒の池の周りに群落する野生のシャクナゲは通り過ぎる人の気持ちを知ってか知らずか毎年同じところで私たちを迎えてくれます。