先月末、娘の幼馴染の結婚式がありました。
とてもきれいな花嫁さんでした。
まめも招待されました。
初めてのネクタイ姿です。
ちょっと長すぎ
以前ご紹介した、あのハナダイコンの家のAちゃんです。
そのときの記事にも書きましたがAちゃんと娘は小学校一年生の時からの幼馴染です。
Aちゃんは、お父さんとお兄ちゃんとおばあちゃんの4人暮らし。
現在、おばあちゃんは高齢のため入院中なので、家事一切をお父さんが引き受けているようです。
お父さんは、ずっと一人で父親役と母親役を兼ねていました。
仕事をしながら子育てもしっかりこなした人で、Aちゃんやお兄ちゃんの学校行事には、欠かさず出席されていました。
男性が仕事をお休みして子供たちの学校行事にすべて顔を出すというのは、大変な事だったろうと思います。
Aちゃんのお父さんは、いつも帽子をかぶっている人なので、母親の出席が多い学校行事の中では、かなり目立ちました。
毎朝のお弁当もお父さんが作っていたように聞いています。
そんなお父さんに育てられたAちゃんなので、結婚式の時は、式の初めから大泣きで、娘はあんなに泣いたAちゃんを見たのは初めだと言っていました。
Aちゃんにしてみれば、ここまで育ててくれたお父さんへの感謝の気持ちでいっぱいだったのだろうと思います。
親に贈る「花嫁の手紙」でも、お父さんに対する感謝の気持ちが、たくさんつづられていたそうです。
お父さんとAちゃん。
お父さんは、結婚式でも帽子をかぶっていたそうです。
でも・・
でもね、
私はAちゃんのお母さんのことを思うと複雑な気持ちになるのです。
娘たちが知り合った小学校一年生の時、私もAちゃんのお母さんと知り合いました。
たまたまPTAの役員が一緒だったのです。
娘とAちゃんが仲良しになったため、私とAちゃんのお母さんも自然と近づきになり、話をするようになりました。
そんなに深いお付き合いではありませんでしたが、Aちゃんのお母さんは、子供思いの普通のお母さんだったように思います。
娘とAちゃんが親しくなって数ヶ月が過ぎた頃、Aちゃんのお母さんが突然いなくなりました。
PTAの役員会に顔を出さなくなったため、いなくなったのがわかりました。
うわさによると、九州の実家へ帰ってしまったとか。
我が家とAちゃんの家は近くだったので、娘はよくAちゃんの家に遊びに行っていたのですが、そのとき、こんなことがあったそうです。
部屋でAちゃんと遊んでいると、ダイニングから突然お父さんの大きな声が響いてきました。
驚いてそっちの方を見た瞬間、お父さんが、
「こんなメシが食えるか!」
と言って、テーブルをひっくり返したため、上に乗っていた食器類が広い庭に飛んで行ったそうです。
娘は相当驚いたようです。
お母さんがいなくなってしまってから、娘からその話を聞きました。
何が原因でお母さんが出て行ってしまったのかわかりません。
ある日突然、簡単な荷物だけを持って、車で出て行ったと聞きました。
お母さんは出て行ったものの、子供たち可愛さにその後も何度も九州から出てきては、Aちゃんたちに会いに来たようです。
でも、お父さんは子供たちを一度も会わせることはありませんでした。
お母さんが来ると、子供たちはまるで悪人が来るかのようにおびえて隠れていたようです。
ある時はおばあちゃんと裏口から逃げ出し、健康センターのようなところに泊まって一夜を過ごしたこともありました。
Aちゃんは、娘にだけはそんな話をしたようです。
Aちゃんが、お母さんのことをどんな風に聞いて育ったのかは知りませんが、Aちゃんは、決して「お母さん」とは言わないそうです。
いつも「あの人」と言っているとか。
でも、少なくとも私が知っている小学校一年生までは「お母さん」と言っていました。
Aちゃんのお母さんに何があったのか。
何があって出て行かざるを得なかったのか、私たち他人にはわからないことです。
でも、あれほど子供の事を大事に思っていたお母さんが、子供を置いて出て行かざるを得ないようなことが、きっとあったのだろうと、私は思うのです。
Aちゃんが高校生になった頃、お母さんは、だんだん精神不安定になり、突然Aちゃんの家を訪ねてきては、おかしな行動をとるようになってしまったそうです。
お母さんが、今現在、どうしているかわかりません。
ただ、同じ母親として言えるのは、Aちゃんのお母さんもお父さんに負けないくらい子供たちを愛し、心配していたということです。
同じ母親として、この日のAちゃんの美しい姿をきっと見たかっただろうなと思うのです。
Aちゃんがお母さんになった時、初めてそんなお母さんの気持ちがわかるのかもしれないと思ったりします。
最近、ますますお母さんに似てきたAちゃん。
幸せになってほしいなと心から願います。
きっと、Aちゃんのお母さんも同じ気持ちでしょう。
まめも招待されました。
初めてのネクタイ姿です。
ちょっと長すぎ
以前ご紹介した、あのハナダイコンの家のAちゃんです。
そのときの記事にも書きましたがAちゃんと娘は小学校一年生の時からの幼馴染です。
Aちゃんは、お父さんとお兄ちゃんとおばあちゃんの4人暮らし。
現在、おばあちゃんは高齢のため入院中なので、家事一切をお父さんが引き受けているようです。
お父さんは、ずっと一人で父親役と母親役を兼ねていました。
仕事をしながら子育てもしっかりこなした人で、Aちゃんやお兄ちゃんの学校行事には、欠かさず出席されていました。
男性が仕事をお休みして子供たちの学校行事にすべて顔を出すというのは、大変な事だったろうと思います。
Aちゃんのお父さんは、いつも帽子をかぶっている人なので、母親の出席が多い学校行事の中では、かなり目立ちました。
毎朝のお弁当もお父さんが作っていたように聞いています。
そんなお父さんに育てられたAちゃんなので、結婚式の時は、式の初めから大泣きで、娘はあんなに泣いたAちゃんを見たのは初めだと言っていました。
Aちゃんにしてみれば、ここまで育ててくれたお父さんへの感謝の気持ちでいっぱいだったのだろうと思います。
親に贈る「花嫁の手紙」でも、お父さんに対する感謝の気持ちが、たくさんつづられていたそうです。
お父さんは、結婚式でも帽子をかぶっていたそうです。
でも・・
でもね、
私はAちゃんのお母さんのことを思うと複雑な気持ちになるのです。
娘たちが知り合った小学校一年生の時、私もAちゃんのお母さんと知り合いました。
たまたまPTAの役員が一緒だったのです。
娘とAちゃんが仲良しになったため、私とAちゃんのお母さんも自然と近づきになり、話をするようになりました。
そんなに深いお付き合いではありませんでしたが、Aちゃんのお母さんは、子供思いの普通のお母さんだったように思います。
娘とAちゃんが親しくなって数ヶ月が過ぎた頃、Aちゃんのお母さんが突然いなくなりました。
PTAの役員会に顔を出さなくなったため、いなくなったのがわかりました。
うわさによると、九州の実家へ帰ってしまったとか。
我が家とAちゃんの家は近くだったので、娘はよくAちゃんの家に遊びに行っていたのですが、そのとき、こんなことがあったそうです。
部屋でAちゃんと遊んでいると、ダイニングから突然お父さんの大きな声が響いてきました。
驚いてそっちの方を見た瞬間、お父さんが、
「こんなメシが食えるか!」
と言って、テーブルをひっくり返したため、上に乗っていた食器類が広い庭に飛んで行ったそうです。
娘は相当驚いたようです。
お母さんがいなくなってしまってから、娘からその話を聞きました。
何が原因でお母さんが出て行ってしまったのかわかりません。
ある日突然、簡単な荷物だけを持って、車で出て行ったと聞きました。
お母さんは出て行ったものの、子供たち可愛さにその後も何度も九州から出てきては、Aちゃんたちに会いに来たようです。
でも、お父さんは子供たちを一度も会わせることはありませんでした。
お母さんが来ると、子供たちはまるで悪人が来るかのようにおびえて隠れていたようです。
ある時はおばあちゃんと裏口から逃げ出し、健康センターのようなところに泊まって一夜を過ごしたこともありました。
Aちゃんは、娘にだけはそんな話をしたようです。
Aちゃんが、お母さんのことをどんな風に聞いて育ったのかは知りませんが、Aちゃんは、決して「お母さん」とは言わないそうです。
いつも「あの人」と言っているとか。
でも、少なくとも私が知っている小学校一年生までは「お母さん」と言っていました。
Aちゃんのお母さんに何があったのか。
何があって出て行かざるを得なかったのか、私たち他人にはわからないことです。
でも、あれほど子供の事を大事に思っていたお母さんが、子供を置いて出て行かざるを得ないようなことが、きっとあったのだろうと、私は思うのです。
Aちゃんが高校生になった頃、お母さんは、だんだん精神不安定になり、突然Aちゃんの家を訪ねてきては、おかしな行動をとるようになってしまったそうです。
お母さんが、今現在、どうしているかわかりません。
ただ、同じ母親として言えるのは、Aちゃんのお母さんもお父さんに負けないくらい子供たちを愛し、心配していたということです。
同じ母親として、この日のAちゃんの美しい姿をきっと見たかっただろうなと思うのです。
Aちゃんがお母さんになった時、初めてそんなお母さんの気持ちがわかるのかもしれないと思ったりします。
最近、ますますお母さんに似てきたAちゃん。
幸せになってほしいなと心から願います。
きっと、Aちゃんのお母さんも同じ気持ちでしょう。