そして疑問だった『菊』の訳について比較することができてよかったです。
旅の金物修理の男、いわばセールスマンの口車に乗って菊の新芽をわけてあげた農家の主婦が、あとでそれが道に捨てられていたのを見つけて悲しむという短編です。
男は主婦の心を開かせて仕事をもらうために、菊の花を育てる技術を興味深げに聞いていたに過ぎなかったという、営業マンの手腕の見本みたいなエピソードです。まあそういう話じゃないけども。
問題は、男が去ったあと、夫とオープンカーに乗って街へ向かう途中、それを発見するときの場面です。
最初に読んだKindleアンリミテッド版がこちら。↓
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彼女は道のずっと向こうの黒い点を見つめていた。彼女は判っていた。追い越す時、見ないようにと思ったが、目が言うことを聞かなかった。彼女は悲しげにそっと呟いた。「あの花、道端に捨てゝしまえば、そんな面倒な事にはならないのに・・・でも鉢は持ってるわ」呟きは続いた。「鉢を持ってゝいたいため、あの花、捨てられないんだわ・・・」ロードスターが道を曲がった。商隊が目の前に現れた。
(p19)
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私はこれ最初、「黒い点」が、遠くに見えた男の幌馬車のことかなと思ってしまったんですよね。その後の呟きで違うことや大体の状況はわかるのですが、結局捨てられてたのか捨ててないのか分かりづらっ!と思って。
で、新潮文庫(大久保康雄:訳)がこちら。↓
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道のずっとさきに、イライザは黒い一点を見た。それが何かを彼女は知った。
それを通りすぎるとき、彼女は見ないようにしようとしたが、目がいうことをきかなかった。彼女は悲しそうに心につぶやいた。(道の外へでも捨ててってくれればいいのに。それくらい、たいした手数ではなかったろうに。でも、植木鉢を捨てたくなかったんだわ。どうでも植木鉢を残そうとしたもんだから、新芽を道の外へ投げ出せなかったんだわ) 彼女はそう説明をつけた。
ロードスターが曲り角をまがると、前方に例の荷車が見えた。
(p25)
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これだと、ちゃんと捨てのがわかるんです。しかも植木鉢を残したくて幌馬車から降りもせずぞんざいに道に捨てたこともよくわかります。イライザの衝撃や心の微妙な動きも、隣にいる夫に聞こえない心の中のつぶやきだったこともわかりますね。
「さっきあげた菊が捨ててあった」と書いていないのは良いのです。そのほうが、直視したくないくらい悲しかったイライザの動揺が伝わってきます。
私の察する能力が低いせいもありますが、とりあえず何が起こってるかわかりやすいって大事だとおもいました。
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