日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 17

2024年01月28日 03時02分58秒 | Weblog

 中秋の朝早く、大助達が寅太の運転する車で新潟へ向かう車中で寅太は、出発前に病院の入り口脇で老医師から指示を受けていたとき、その直立不動の姿勢を休日出勤してきた若い看護師達に見られ、また、何かやらかして叱られていると勘違いしてか、彼女達が首をすくめてクスクスと笑っていたことが、癪に触り、三郎に対し
 「いやぁ あの若い看護師達の冷ややかな目には参ったなぁ」「でも、結構美人だぜ」
 「お前、いっそうのこと、美代ちゃんから、あの看護師の中から恋人を紹介してもらえよ」
と言うと、三郎は
 「とんでもねぇ~や。ゴメンだな。恋人なんて面倒でいらんよ」
 「お前も大助君も、彼女に振り回されてテンテコマイしている様子を見ていると、俺はイヤだなぁ」
 「施設に入っている昔の娘で沢山だ。皆、俺のことをイケメンだ。と、言って可愛がってくれるからなぁ」
と、にべもなく言い返すと、寅太が
 「当たり前だ。施設では若いのはお前一人だからなぁ」
と、呆れて答えると、美代子は三郎を庇って
 「サブチャン、彼女がいれば、普段色々と面倒をみてもらえ、毎日が楽しいものよ」
と言いながら大助の顔を覗くと、彼は自分の今後の生活のことで頭が一杯で、姉の珠子に簡単に電話したときの声から、きっと怒っているだろうな。と思い、彼等の話も碌に耳に入らず知らん顔をしていた。  

 寅太は、中学時代、老医師のお爺さんに年中叱られていたことが、どうしても頭から離れず、そのため出発前に、美代子の服装に文句をつけ、それでも腹の虫が治まらず、運転中も
 「夕方、慰労してくれると言っていたが、俺は御免だぜ。爺さんは苦手で息苦しくなるよ」
と言うと、美代子は
 「寅太君。お爺さんは、昔、教育委員をしていた癖で口五月蝿いが、心の中では君達の事を心配し、今では君達の努力している姿勢に感心しているゎ」
 「だからこそ、君達を信頼して今日の仕事をお願いしたのょ」
 「最も、春から初夏にかけて、君達が山菜やイワナを採ってきてくれるので、案外、好印象の効果ポイントを稼いでいるかも?」
と、機嫌を直して欲しく懸命に説明していた。 
 剛直で頑張りやの寅太は
 「チエッ! 美代ちゃん、大助君がいるからといってお世辞を言ってらぁ」
と素っ気無く答えていたが、不良仲間だった三郎も、年寄りの習性とわいえ、寅太同様に中学時代の悪童振りを言はれるのが何より嫌だった。

 彼等が、大助の住んでいた古びたアパートに到着するや、ダンボール箱を皆で部屋に運び入れ、大助は寅太の手助けで布団袋に布団を入れて荷造りしていたが、綿入れの衣類を見て、寅太が
 「これは室内用のアノラックか?」
と珍しそうに広げて見ていると、食器類を整理していた美代子が聞きつけて
 「大ちゃん、それってなぁに」
と聞いたので、大助は
 「あぁ~ それはチャンチャンコと言って真綿入りの上着だよ」
 「今では、東京でも余り見れなくなったが、夜勉強するとき体が冷えない様にと、最近、奈緒ちゃんが送ってくれたんだよ」
 「彼女は和裁が上手なので・・」
と、さりげなく正直に答えたところ、 彼女は
 「そぉ~、奈緒ちゃんの手造りなの・・」
と言って、一瞬、嫉妬心から寂しそうな表情をして顔を曇らせたが、直ぐに
 「わたしも、和裁を練習し、早速、作ってあげるゎ」
と言うと、三郎が冷やかし気分で
 「無理、無理だよ。 ミシンしか使ったことのない美代ちゃんに、和裁なんて出来るかなぁ?」
と、言うと
 彼女は自信なさそうに
 「賄いの小母さんや看護師の朋子さんに教えてもらうゎ」
と、勝気な性格をあらわに出して返事をしていた。

 図書棚を整理していた三郎が、突然、宝物を発見した様に素っ頓狂な声を上げて「アッタ アッタ!」と、アルミ製の空の菓子箱をいじり出して写真を見ていたので、傍にいた美代子も三郎の声に刺激されて覗き込むと、中には女学生からの暑中見舞いやスナップ写真が無造作に入っていたので、彼女は三郎から菓子箱を取り上げて、一枚一枚を丁寧に見ていたが、数枚を素早くバックに仕舞い込んでしまった。 
 三郎が咄嗟に険しい顔をして
 「美代ちゃん、そんなことやめろよ」
と注意すると、彼女は
 「これが、私の本日の最大の目的よ」
と言って、大助に悟られない様に口に指を当て黙っていてと合図した。

 整理や荷造りが終わり、図書や衣服類を詰めたダンボール箱を車に積み込み、布団袋や大きい箱には荷札をつけて運送屋に電話したあと、簡単に部屋の掃除を終わると、大助が「浜辺が近いから、そこに行って昼飯にしようや。」と、言ったので、皆も大助の提案に賛成して砂浜に行き、四人は輪になって座り昼食を取ることにした。 
 美代子が広げたお握りや惣菜の入った重箱を見て、三郎が
 「いやぁ 豪華だなぁ・・。こんな昼食は久し振りで、施設では見られないわ」
 「病院って、結構上等な飯を食べているんだなぁ」
と感心していると、寅太がポットの湯を持参のカップ麺に注ぎ、食欲旺盛な彼等はカップ麺をお汁代わりにして、皆が雑談しながら食べた。
 
 快晴で風も柔らかく、波が音も無く打ち寄せる渚の風景は、彼等の山里では見られず、彼等の心を和やかにしてくれた。
 浜辺のロマンチックな気分に浮かれた寅太が
 「あの部屋も整理したら、そんなに悪い部屋でもないわ」
 「俺も一人で、あんなところで気楽に住みたくなったわ」
と、とっぴなことを言ったので、三郎も「俺も、そうしたいなぁ」と同調すると、美代子は慌てて
 「そんなことを言わないでぇ」
と言って、大騒ぎしてやっと自宅に来ることを説得した大助の心境を慮って話を遮ってしまった。

 アパートに戻ると、美代子は予め聞いていた大家さんのところに行き部屋代等を精算して戻って来ると、大助が
 「何処に行っていたんだ」
と聞いたので
 「部屋代を精算してきたゎ」
と答えると、彼は「そんなこと・・」と渋い顔をして「あとで返すから」と言うと、彼女は
 「駄目ょ。お爺さんの言いつけなので」
と、さも当然の様な顔をしていた。
 雑談をしているうちに運送屋が来たので依頼したあと、寅太が「早く帰ろう、帰ったあとまた荷物を二階に運ぶ仕事もあるし」と、話すと皆が頷き帰途についた。

 途中、美代子が繁華街の薬局の前で、車を止めさせて
 「わたし、貴方達に攣られて食べ過ぎたので胃薬を買って来るから、一寸、待っていてね」
と言い出し薬局に入っていった。 
 寅太は怪訝な顔をして
 「美代ちゃんはそんなに食べていないのにおかしいなぁ」
と言っていたが、直ぐに彼女が元気良く戻ってきたので、詳しいことも聞かずに一目算に田舎に向かって車を走らせた。
 すると今度は三郎が、有名電気店の看板を見つけると
 「オイ 寅ッ! 俺も、今流行のスマホを買いたいので止めてくれや」
と言い出し、寅太も「俺も買い替えたいや」と言うと、美代子が「そんなもの田舎の電気屋にもあるわ」と言うのも聞かず、二人は車を止めて店に飛び込んでしまった。
 彼等は、美代子から貰った小遣いで最新のスマホを買うことを朝から相談し楽しみにていた。

 大助は、美代子と二人になると
 「さっき、薬局にいったのは、朝、ヤケグイして腹でも具合が悪いのか」
と聞くと、彼女は
 「違うわ。大ちゃんには関係ないことっ!」
 「女の買い物に、いちいち口をはさまないでょ。大事なお土産ょ」
と、澄ました顔で答えたので、大助はおおよそのことを察して、彼女の用意周到な大人びいた考えを改めて思い知らされ
 「フーン 君の勇気には恐れいったよ」「初めての買い物で恥ずかしかったろう」
と言うと、彼女は少し顔を赤らめて
 「だから、知らない店で買ったのょ」
と、朝、キャサリンから、昨夜、大声を出して叱られたことから、母親の誤解を解くために、春に別れるときに肌を許したことを告白し、その際、忠告されたこと等を簡単に説明すると、大助は「う~ん」と溜め息を漏らし渋い顔をして
 「話して良いこと。と、悪いことくらい考えて話せよ」
 「幾ら親子でも、僕達のプライバシイが全て明らかになる生活は嫌やだなぁ」
と言うと、彼女はバックの紐をいじりながら俯いて申し訳なさそうに
 「判っているゎ。でも、ママに聞かれれば嘘もつけない場合もあるゎ」
と弁解し、続けて、か細い声で
 「それに、何時かは大ちゃんの赤ちゃんを産むときには、ママの手助けが絶対に必要なので・・」
 「ママは、良かったわね。と言って、内心は安心していたみたいだわ」
と、悪びれずに答えていた。
 今度は、、大助が返事に窮し
 「まだ、5年も6年も先のことを先走って考えるなよ」
 「人の運命なんて、そんな先のことなど正確には予測できる訳ないし・・」
と言うと、彼女は途端に気色ばんで瞳に力をこめて、彼の腕にしがみつき
 「作夜は、突然変異して、散々いたぶっておいて、今度は言葉でいじめるなんて、昨日から少し変だゎ」
 「わたし、もう、大ちゃんの女なんだから・・」
 「どんなに辛いことがあっても、決して離れずについて行くゎ」
と言って涙を拭っているところに、彼等がニコニコと笑いながら戻って来る姿をみて、大助は
 「ヤメタ ヤメタッ!そんなこと、とっくに覚悟しているからこそ、君の言う通りに素直に飯豊町に行くんじゃないか」
と語気を強めて答え、腕に絡めた彼女の手を振りほどいてしまった。美代子は
 「勝手なことを言ってゴメンナサイ」
小さく呟いて涙を拭っていた。

 病院に帰ると、庶務係りの人から「老先生の指示で、まだ、患者がいるので、母屋の脇の入り口から荷を運んで下さい」と言われ、彼等は脇の玄関から荷を運び出したが、大助の使用する部屋の前で、美代子が
 「部屋には入れず、前の廊下に積んでおいて」
と言ったので、三郎が
 「美代ちゃん、遠慮するなよ」「二人で住む部屋を、貧しき俺達に参考までに見せてくれよ」
と、悪戯ぽい下心から不平を漏らすと、彼女は襖の前に立ちはだかって、襖を両手で押さえ
 「わたしの部屋は隣よ」「変な想像をしないでょ」
と言って三郎をたしなめていた。 

 荷を運び終えたころ、庶務係りの人が
 「今日は、お不動様の祭日で、村の古老も来ておられるので、離れの茶室に早く行ってください」
 「皆さん、お待ちですから」
と教えてくれたので、大助達は美代子の案内で茶室に連れて行かれた。
 寅太は、朝の老医師の話と違い、堅苦しいことが嫌なので茶室に入ることを躊躇っていたが
 入り口前で、顔馴染みの居酒屋のマスターが「俺も急遽呼ばれて料理を作っているが・・」「今日は大変だったなぁ。爺さんも褒めていたぞ」「さぁ 腕によりをかけて作ったので遠慮なくご馳走になれよ」と声を掛けてくれたので、彼は少し気持ちが楽になった。

 美代子が先頭になり、茶室に入ると、広い黒光りした板の間に、藁で作られた座布団代わりの敷物が並べら老人達が座っていた。 部屋の中央には大きな囲炉裏が仕切られ炭火が赤々と燃え、東向きに黒塗りの仏壇があり、中央の金箔の扉を開いた中には、不動明王の立像が祀られており、大き目の蝋燭に火が燈され香が焚かれていた。
 お爺さんは、二人の古老同様に紋付羽織姿で、彼等が席につくのを見届けてから、仏壇の前に用意された紫色の厚い座布団に座ると、恭しく頭を三度垂れ、次に祭壇前にしつらえた紅白の縄で囲われた須弥壇に細かく刻んだ護摩木を重ねて焚き、重々しい口調で『佛説聖不動経 爾時大会 有一明王・・』と、老人三人が気持ち良さそうに声を揃えて長々と経典を唱和し、最後に『ナマ サンマンダ バサラダン カン』と呪文らしきことを唱えて、礼をして囲炉裏端に戻った。 

 大助も寅太も、何がなんだか訳が判らずに茶室の隅に座っていたが、お爺さんは「皆様、本日はご苦労様でした」と挨拶のあと、大助を指差し
 「この青年は、現在、新大医学部に通っている、今時、珍しいほど思想堅固な青年で、故あって、本日から我が家に寄宿することになりましたが、どうぞ宜しく御鞭撻ください」
と紹介した。
 二人の古老は大助の顔をシゲシゲト見てコソコソと話していた。
 お爺さんは、美代子に対し寅太達にお悟られないように小声で 
 「キャサリンは、山上節子さんと二人で、今朝、大助君の家に説明するために上京して留守なので、お手伝いしなさい」
と指示すると、彼女は一瞬緊張したが、話の結果が心配にもなり、大助にはその場では教えなかった。
 村では狩猟の名人と称されている熊吉爺さんが、自分の跡継ぎと勝手に思いこんでいる寅太に対し
 「噂には聞いてはいたが、美代子の婿さんか」
と小声で聞くと、彼は「そんなこと、俺には判んねぇや」と、ぶっきらぼうに答えると、美代子が
 「小父さん、わたし達は友達で、婚約者ではありませんゎ」
 「最も、人の運命は、将来、どうなるか判りませんが・・」
と、きまり悪そうに答えたあと、引っ越しの手伝いに着用したジーパン姿にエプロンで身支度すると、賄いの小母さんやお手伝いの人と一緒になって調理場から、料理が盛られた一人用のお膳を黙々と運んでいた。
 美代子は、最後に調理場から山鳥の肉と白菜や葱と豆腐にキノコ等の鍋料理を、重そうに両手でつるを持って鍋ごと調理場から運んでいるときでも、キャサリンのいない心もとない不安と、それに東京の様子が気になって仕方なかった。
 大助と寅太達は遠慮気味に箸を運んでいたが、美代子は老人達の盛り付けやお酌に大忙しで雑念を忘れてしまった。
 

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