人の動きがけだるく感じる、日曜日の昼頃。 残暑の暑い陽ざしの照映える舗道を、健太と昭二の二人は駅前のホテルに向かって歩いていた。
健太は、白の半袖シャツに黒色のズボンを履いてサンダル履きのラフな格好をしていたが、昭二は、めったに着たことがないグレーの薄手の背広に涼しげな水玉模様のネクタイを締めて革靴を履き、健太と並んで愉快そうにお喋りしながら歩んでいた。
健太は歩きながら昭二に対し得意満面な顔をして大助からの電話連絡で、やっとの思いで姉貴の珠子を誘い出すことに成功し、午後1時頃ホテルニ行くとの返事を貰ったことを教えたので、昭二は普段にもまして朗らかであった。
二人は、ホテルの5階にある広い食堂の窓際に席を見つけて周囲を見渡したが、客の入りが半分位で、少し離れた席には外国人の女性3人が賑やかにお喋りして食事を楽しんでいた。 フロアーの隅では黒のドレスで身を装った若い女性が、食欲をそそる様な柔らかい曲をピアノ演奏しており、昭二が憧れの珠子に語りかけるのには、落ち着いた雰囲気が店内に漂っていた。
健ちゃんは、椅子に座るや先輩らしく真面目な顔で昭ちゃんに対し
「お前は、肝っ玉の小さいところがあるので、今のうちに少しワインを飲んて気持ちを大きくしておけ」
「俺は、ビールをご馳走になるから」
と言って早速注文をし、運ばれて来るや二人は勢い良く呑み始めた。
健ちゃんは、呑みながらも昭ちゃんに、自分が経験した女性に対する口説き方を懸命にアドバイスしていた。
二人がアルコールで気分が乗ってきたころ、約束通りの時間に、大助が浮かぬ顔をして珠子を連れてやって来た。
健ちゃんと昭二の二人は、大助の浮かぬ顔を見て、珠子を誘いだすために口説くのに相当苦労したんだろうな。と、少し可哀想におもった。
珠子は休日のため、薄水色のワンピース姿で胸に桃色のリボンつけていたが、背丈は人並みだが痩身で面長の肌が白いところが、体形的に如何にも大助と姉弟であることが一見して判り、高校生3年生にしては大人びいた落ち着いた雰囲気を漂わせており、彼女を見た健太と昭二を爽やかな気分にさせた。
昭ちゃんは、彼女の希望でカルピスとサンドウイッチを、健ちゃんと大助には、約束通り特上の刺身定食を注文したが、ウエートレスが定食を運んでくると健ちゃんは、昭ちゃんを一層勇気ずけるためにオンザロックとビールを追加注文して、皆が、町内レクリエーションに催すソフトボールの話などをまじえ、あれこれと話が弾んで食事を楽しんだ。
昭ちゃんは、オンザロックが効いてきたのか、何時になく冗舌になり、珠子さんに対し
「健ちゃんは、体が大きいため運動神経が鈍く、それに店の営業の仕方も僕が、時々、教えてやっているんです」
と言い出し、聞いている健ちゃんは<オイオイ 少し話が行き過ぎでないか、大事なときに脱線しやがって・・>と思ったが、事前にコーチしたのは自分だし、オンザロックを余計に飲ませすぎたかなと思い反論するのを我慢していた。
そのうちに、昭ちゃんが事前の約束とおり健ちゃんにウインクしてみせたが、彼は、この楽しい雰囲気から家には帰りたくなく、それに、虫の居所が変わったのか良く考えてみると、珠子さんを昭ちゃんに一人占めにされるのも癪に障り、昭ちゃんのウインクを無視して刺身を肴に飲み続けていたところ、昭ちゃんは業を煮やして今度は、テーブルの下で健太の足を蹴飛ばしてきたので、彼も昭ちゃんの足首を踏みつけてやったら、昭ちゃんは、続けざまにウインクを連発して、怒りを押し殺して睨み返して来た。
二人が攻防を繰り返しているときに、突然、昭ちゃんが「アッ!」と呟いて掌で右目を抑えたので、ビックリした珠子さんが
「どうしたんですの?」「目に飲み物でも入ったの・・・?」
と、心配そうに昭ちゃんの顔を覗きこんで尋ねた。
昭ちゃんは、うろたえながらも
「いいえ、ここんとこの筋肉が痙攣を起こして、動きが止まらなくなったんです」
と瞼に手を当てて答えると、健ちゃんが「どれどれ」と言って立ち上がり、彼の手をどけさせてみると、右の瞼が、ヒクヒクとウインクを繰り返しており、健ちゃんも怪訝に思い
「昭ちゃん無理するからだよ」「水で冷やしてみたら・・」
と言うと、珠子さんが大急ぎでカウンターから冷えたお絞りを借りてきて、彼の目に当てて冷やした。
そんな優しい仕草も、健ちゃんに嫉妬の気持ちを駆り立たせた。
運悪く、丁度その時、反対側の席に中年の派手な着物を着た3人連れの女性客が座り、その中の一人が、昭ちゃんのウインクに気ずき、自分にしてくれていると勘違いしてニヤット笑ってウインクを返してきたので、昭ちゃんは「チェッ!」と舌打ちして椅子をくるっと回して入り口の方に向いてしまった。
すると今度は、昭ちゃんと健ちゃんの声に刺激されたのか、鳥篭のオームが「コンニチハ・・ ドウシマシタ・・」と、とぼけた口調で喋りだした。
彼は、いまいましげに籠の中の鳥を睨みつけ
「コノヤロウ 焼き鳥にして食ってしまうぞ!」
と思わず叫んでしまった。
大助は、最初のうちは自分の役目は終わったと食事に余念がなかったが、昭ちゃんの異変に食事の箸を休めて様子を見ていたが、頭の中では苦労してデートの機会を作ってやったのに、これではだいなしだわ。と、彼等の調子に乗った態度を忌々しく思い、あとで自分達の計画がバレテ姉貴が機嫌を壊さねばよいがと、自分にとばっちりが来ることを恐れ心配になってしまった。
健ちゃんは、珠子さんに対し落ち着いた声で
「若しかしたら、昭ちゃんはビタミン不足かも知れませんね」
と知ったか振りを装い説明して、昭ちゃんに
「オイッ! 八百屋だからっていって 普段、野菜や果物ばかり食って入るんじゃないのか」
「俺の店の肉をもっとたべるんだなッ!」
と、からかい気味に話すと、珠子さんが昭二をかばう様に
「そんなことないと思いますゎ」「健ちゃんの友情が不足してるんでないかしら」
と皮肉を言うと、健ちゃんは慌て気味に
「ソッ、そんなことないですよ。ま、まだ食事が終わった訳でもないし、突然奇妙な病気を起こすなんて、友情の不足は、コイツの方ですよ」
と釈明に努め大助を見つめて救いを求めた。大助は箸を置くこともなく無関心に
「ドウヤラ マタ シクジッタミタイダナ」
と呟いて、食べることに余念がなかった。
珠子は、突然のハプニングに言葉を失い少し間をおいて
「貴方達お二人は仲が良すぎて、男性の友情って素晴らしく、わたしには本当に難しい問題ですネ」
と思いつきの返事をして、ナプキンで口元を拭ってクスクスと笑った。
健ちゃんは、珠子に返す言葉も無く、大助の応援も期待出来そうに無いので、昭ちゃんの運の無さに呆れて渋い顔で刺身定食をヤケグイしていた。
大助は、珠子と共にお世話になった健太郎と節子に駅迄送られて来てお別れの挨拶していると、少し離れたキャサリンの後ろに隠れている美代子を見つけ、彼女の傍に行き
「美代ちゃん。とっても楽しい夏休みを過ごさせてくれ、僕、忘れられない思い出が沢山できて有難う」
「盆踊りのスナップ写真が出来たら送ってくださいね」
と言葉をかけたところ、キャサリンが
「この子は朝から機嫌が悪く、お爺さんさんから、お友達を見送るとゆうのに朝から何をメソメソしているんだ意気地なしが。と、小言を言われていたんですょ」
と彼女に代わって返事をしたが、彼女は母親の背中に顔を当てて涙ぐんでいた。
これを見ていた姉の珠子が、あたりをはばからずに強い調子で
「大ちゃん、美代子さんは寂しいのよ。 お礼を言って慰めてあげなさい」
と言ってくれたので、大助はこんなこと初めてなので少し躊躇したあと、姉と理恵子さん達に見らていることも気にせず、彼女の傍らにゆき咄嗟に彼女の手をとり
「なんで涙なんて流すんだい。そんなことでは、僕、帰りずらいよ」
「今度、冬休みにはスキーに来るから、そのときは回転が上手くなる様に教えてくれよな」
と、まだ、姉にも相談していないことを思いつきで言って慰めたところ、彼女はハンカチーフで涙を拭い、小さい声で
「キットョ ワタシ マッテイルカラネ」 「サビシイトキ デンワヲシタリ オテガミヲ ダシテモ イイデショウ」
と不安そうな表情でハンカチーフで口を押さえてボソボソと呟いて尋ねたので、彼は
「勿論いいさ。兎に角、元気を出して勉強を頑張り、来年は必ず東京の高校にくるんだよ。待っているから・・」
と語気を強めて返事をしたあと、振り向いて理恵子や珠子の顔をチラット覗いたら微笑んでいたので、その笑い顔を見て、彼女を慰めるために勝手に言ったことだけど、どうやら冬休みに美代子に約束を果たせるかなと思い安堵した。
キャサリンは美代子の態度が恥ずかしなり、彼女に対して「こんなに貴女のことを気遣ってくれるお友達は滅多にいないのよ。わかるでしょう」と話して諭していた。
大助も、美代子に懸命に話しているうちに、初めて経験する親しい女友達と別れる難しさで、心の中に訳の判らないモヤモヤとした風が吹き抜けて行く様な複雑な気持ちになった。
大助は夏休みを過ごして、中学校に通い始め、久し振りに顔を合わせた友達と、それぞれのひと夏の体験を話し合い、勉強と部活に元気良く臨んだ。
彼は、2学期に入ると柔軟でスピード感のある運動神経をかわれて、担任の教師や友人に誘われ部活を野球部から体操部に変更したこと。
それに窓際の席に変わり、学級委員の葉山和子と隣り合わせになったこと以外に変わりなく、部活の鉄棒や按摩などの練習に熱心に取り組んでいた。
和子はクラス全員が認めている学業成績が群を抜いているが、級友と接する態度にどこか冷たい感じを与えるところがあり、大助も彼女には一目おいて苦手意識もあり、これまでにあまり話し合ったことがない。
大助は、長身で細身の体形から、白の運動着が良く似合い、鉄棒ではメキメキと腕をあげ、たちまち部員達の人気者になり、自身も、それまでの野球部の補欠とは違った楽しさを覚えて、正選手になろうと興味を沸き立たせた。
最近、鉄棒で手を滑らせて着地に失敗して、右額に絆創膏を張ってはいたが、体操の面白さに取り付かれていたので、仲間から、とりわけ女子部員から冷やかされても、特別に気にもとめなかった。
唯、授業中に教室から見える屋外体操中の組の中に、何気なく女生徒を見つけたとき、夏休みを共に過ごした美代子のことがフイと頭をよぎり、今頃、どんな授業を受けているのかなぁ~。と、想い出だし見とれて授業に集中できなかったことがあった。
そんなとき、隣の和子が鉛筆で腕をつっきメモ用紙に<何を考えているの?>と書いて彼の前にソット差出し、意味ありげに軽く笑っていた。
土曜日の夕方。 姉の珠子に言われて買い物に出かけて肉屋の前に差し掛かると、健ちゃんが大きい声で
「おぉ~ 大助!」 「お前、何時帰って来た」 「暫く見えないので、皆が、心配していたぞ」
「昭ちゃんなんか、お前、普段、勉強をしないで野球に夢中になっているので、珠子さんが遂に頭に来て、お前を何処かに拉致して監禁し、この暑いのに猛烈に勉強の特訓を受けて絞られているのかなぁ~」
と心配し
「できれば、俺が代わりに行ってやりたいよ」
「あいつも、美人で頭の良い姉を持っただけに可愛いそうだなぁ~。と、気を揉んでいたぞ!」
「昭ちゃんも、お前のデートのコーチが下手糞で、珠子さんに思う様に逢って話せないないので、落ち込んでいるよ」
と話しかけたので、彼はムキになって
「健ちゃん、誰がそんないい加減なことを言ったんだい?」
と聞くと、健ちゃんは
「ミツワ靴屋のタマコちゃんだよ」 「彼女も、お前には呆れてもう逢わないといっていたぞ。どうやら見事に振られたみたいだな」
と言うので、自分の思い込みと違ったのでフフッと笑いながら
「チエッ! タマコのヤツ出鱈目を言いやがって」「僕も、もう遊んであげないヤッ!」
と返事をして買い物を忘れて去ろうとすると、噂をすれば影とやらで、彼にとっては運悪くタマコちゃんが、お爺さんと買い物に通りかかり、彼を見つけると
「アラッ! 大ちゃん帰ってきたの」 「わたしを、放りだして何時まで遊んでいたのョ。もう遊んであげないわ」
「珠子姉さんに油を絞られていたんでしょう?。いい気味だゎ」
「その額の絆創膏は、そのとき、しごかれた記念なの?」
と言うので、彼は怒ってやろうと思ったが、お爺さんが怪しげな目つきで見ていたのでグッと我慢して
「お前、運動しないで美味しいものばかり食べていたから、また、少し太ったみたいだなぁ~」
「宿題はチャントしたのか、僕がいなくて困っただろう」
と、彼女の一番気にしていることを皮肉ぽく返事したら、少し耳の遠くなった頑固で気難しいお爺さんは、何か勘違いして
「大助君 タマコも君がいないと寂しがって、わしや婆さんに当り散らし、その度に嫁さんに叱られていたので遊びにおいで。ウ~ントご馳走してあげるから」
と言ったら、彼女は、お爺さんの足を軽く蹴り
「お爺ちゃん、チガウノ!」 「大ちゃんが遊んでばかりいるから、注意してョ」
と文句を言って、お爺さんの手を引いて行ってしまった。
大助も、健ちゃんの話に気をとられコロッケを買うのを忘れて、その場を去ろうとしたところ、健ちゃんが
「大助! タマちゃんに振られたくらいで、そんなに落ち込むな」
「俺が、お前や昭ちゃんにとって名案を考えついたので教えてあげるから・・」
と彼を店の奥につれて行き、健ちゃんは真面目な顔つきで、昭ちゃんが思いを寄せる珠子さんとデートする作戦を念入りに説明しはじめた。
健ちゃんが熱を入れて説明した内容は
昭ちゃんが、夏のボーナスを使って駅前の高級レストランに招待するから、お前は、珠子さんを<秋の町内運動会の野球に出る相談したい>と、理由をつけて連れて来い。 俺たちは先に行っているから。
レストラに入ったら何でも好きなものを飲み食いしても良いと昭ちゃんが言っているので、遠慮しないでご馳走になろうぜ。 そして、昭ちゃんと珠子さんが話し合い始めたら、昭ちゃんが俺にウインクして合図するので、俺とお前は退席するのさ。 どうだ、俺の考えはお前のコーチより上手いだろう。
と、いったデートの作戦だったが、大助は、姉に嘘を言うことにためらいを感じ、健ちゃの話の勢いに圧倒されながらも
「それは一寸無理だよ」「恐らく、野球なんてしないッ!と一言ではねつけられてしまうよ」
「一層、正直に話した方が良いと思うがなぁ~」
と返事をすると、健ちゃんは
「そ~うか 珠子さんもしっかりしているからなぁ~」「あとで、お前がえらいい目にあうかもしれんしなァ~」
「然し、俺も昭ちゃんに約束してしまったし、兎に角、お前に任せるから、連れてきてくれよ」
と頼まれ、なんか自信がないが仕方なく返事をして、腑に落ちない気分でコロッケを思い出して買うと思案しながら帰宅した。
大助と美代子は、渦潮に巻き込まれるように踊りの輪に自然にはいっていった。
最初は、老人会員の地元の人と里帰りしている中高年の人達が菅笠をかぶり浴衣姿で、古くから地元に伝わる民謡調の流れる様な静かな踊りで祭りの雰囲気を醸し出していた。
暫くすると若い人達が輪に入ると自然と笛や太鼓の音頭も、中高生の奏でる吹奏楽にあわせて、テンポが少しずつ早くなり、踊りの輪も二重三重となり交互に行き交う形に変わり、それがやがて若者中心となって、最近流行のニューダンスを取り入れた軽快な踊りとなっていった。
勿論、踊り好きな中高年者も若者の輪の外側を取り巻くように一緒になって踊りが盛あがっていった。
これは、雪深いこの地では、お正月に帰省する若者が年々少なくなり、必然的に、旧お盆が季節的に集い易く、懐かしい顔を合わせる唯一の機会となり、盆踊りが人々の最大の社交場となっているためだ。
大助は、最初のうちは美代子と組んで中高生達と踊っていたが、やがて彼は背丈の低い老人達や小学生の輪に誘われる様に交わり、対面すると相手に合わせて阿波踊りの様に、時々、腰を前にかがめて、片足を交互に上げたあと、お互いに両手の掌を軽く叩きあって調子を合わせて踊っていたが、彼のその姿が笑顔とあわせて愛嬌があり、皆から盛んな拍手をうけていた。
美代子は、踊りの勢いから自然と自分から離れて別の輪に流れ込んで行く大助を見て後を追い、彼のうしろ帯を引っ張って自分の方に戻すが、踊るほどにテンションが上がって調子に乗る大助は、またもや、踊り好きな老人の群れや面白がってはしゃぐ小学生の方に引き込まれて行き、思い返しては美代子のところに戻ってきては、彼女に睨まれて頭を団扇で叩かれていたが、彼はそんなとき、手を合せるときにわざと悪戯っぽく、片手で彼女の胸の辺りを軽くタッチしてニコット笑っていた。
踊りも最高潮に達すると、櫓上の老医師は大助の踊りぶりに満足そうに笑みを浮かべて、子供達のハシャグ雰囲気を察すると笛を吹くのをやめて、健太郎に対し「若い衆向きの軽音楽もよいが、小学生や幼い子供達のため”泳げ鯛焼きくん”とか童謡も演奏してくれないか」と頼むと、健太郎も吹奏楽の部員に「楽譜もないのでアドリブでいいから・・」と指示して童謡を軽快に演奏させると、子供達は一層元気をだしてハシャギ出した。
櫓の上で太鼓を叩いて大助達を見ていた織田君は、急に櫓を降りて来て、大助の額にヒョットコのお面を乗せると、これが彼の踊る姿と似合い、小学生や祖父母に手をとられた保育園児達が面白がってキャアキャアと手を叩いて彼の周辺に集まりだし、見よう見まねで踊りの仕草をして騒ぎだし、そのため自然と踊りの輪が崩れてしまい、皆も子供達を囲むようにして、夫々が勝手な踊りかダンスかわからない仕草で時々「ヤッサァ~」と気合の声を発して、益々、賑やかな踊りの群れとなってしまった。
乱れた踊りの輪の中心になっていた大助は、周囲の出来事にも気がつかず、子供達の相手をしているのを見た美代子は、彼を引き戻すのを諦め、人の輪から外れて社殿の階段に腰掛て唖然として見とれていた。
美代子は、ひと休みしたあと仕方なく無理矢理珠子を誘いペアを組んで踊っていたが、その最中にも大助が妬ましく
「お姉さん、大助君はどうしてあんなに子供達に人気があるのかしらネ」「東京でもあの調子なの?」
と不満を言っていたが、珠子も大助がどんな気持ちで踊っているのか理解出来ず
「ウン~、あの子が考えていることは私にも判らくなったゎ。お調子者なのかしら。きっと周りの雰囲気に酔っているのょ」
「東京でも、商店街の年上の人達とも案外上手に付き合っていたり、そうかと思うと小学生の女の子にからかわれたりしていて・・」
と、大助の普段の様子を説明していた。
彼女も、大助の普段の生活振りを聞いて、如何にも都会的な社交センスを自然に身に備えた人なんだなぁ~と、彼女なりに納得して、すかさず、美代子らしく
「お姉さん、これからも大助君と、お友達でいられる様に応援して下さいネ」
と願望を話していた。
長い時間踊りつかれて、踊り手が少なくなると、理恵子達も節子やキャサリンの席に戻ってきて休んでいたら、織田君も櫓から降りてきて、理恵子に
「いやぁ~ 暑くて疲れた」「それにしても大助君は、今年の盆踊りの最高演技者だなぁ」
と言って感心していた。
その後、織田君は近くの小川に身体を洗いに行くと言うので、彼女も一緒についてゆき、冷たい川の水でタオルを絞り彼の身体を拭いてやったら、彼が
「お宮様の方に散歩に行こうか」
と誘うので、彼女は節子さんに
「わたし、彼と少しデートをしてくるヮ」
と告げたら、美代子もすかさず
「大助君!わたし達も行きましょうョ」
と、疲労気味の大助の手を引っ張り立ち上がらせたが、キャサリンが
「美代子、大助君は疲れているのよ」
と止めたが、彼女はそんな忠告にお構いなく、彼の手を引き歩きだしたが、歩くほどに大助の歩調が遅くなり、理恵子達と段々と距離が離れてしまった。
理恵子達は、まもなく鎮守様の境内に着た。
杉木立におおわれた、深く濃い闇が、境内を一層暗くしていたが、月明かりが木立の隙間を縫うように差し込んでいて、彼女の顔を青白く照らし出していた。
理恵子の白い手が、泳ぐように彼の襟元に伸びると二人は烈しく抱きあった。
そのあと、二人は時を忘れる様な長いキッスを交わしたあとで、彼女は
「ネェ~ 式も挙げていないのに、貴方のマンションにお邪魔して愛を求めたとゆうことは、いけないことかしら」
と聞くので、織田君は
「そんな自己分析はやめなよ」「僕達の、これからの人生を育てるための心の源泉だと思うよ」
「僕は、いつでも大歓迎するよ」
と、黒い瞳を輝かせて快諾してくれたので、彼女も彼の返事が自然で頼もしく感じ嬉しかった。
美代子と大助は、夜露に濡れた農道を手を繋いでトボトボと歩いていたが、途中で大助が美代子の手を引っ張て歩くのをやめ、「アッ!」と驚いた様に声を発し、しゃがみ込んでしまった。
それを見た彼女もビックリして、もしや大助が疲労から急病を発したかと思い、彼の傍らにしゃがみこんでソット顔を覗きこむと、彼は彼女の耳元に口を近ずけて、さも大事なことを話すように、声を潜めて
「今、織田君と理恵子姉さんの二人の背中が闇の中で ピカピカッ と稲妻の様に光っていたよ」
「僕 突然のことで ビックリ してしまったよ」
と言うと、彼女は
「ウソ~ わたしには、見えなかったゎ」
「君、時々、わたしから離れて踊っていたので、神様が君にイエローカードを出したのョ」
と安堵して、彼の囁きを全く信用せず、大助は
「そうかなぁ。僕、疲れて歩くのも嫌になったので帰ろうよ」
と、つまらなそうに呟き、二人は其処から戻ってしまった。
二人は元気なく母親や珠子のいる場所に戻ると、キャサリンが
「おや、はやかったのネ」「どうかしたの?」
と聞いたので、美代子が大助の話を教えると、佛教に詳しくないキャサリンも不思議な顔をして返答に困っていたら、節子さんが仏像の光背の謂われについて説明し”後光”の意味を話すと、キャサリンも納得して、美代子に
「そうなの、きっと、お二人は神様や仏様が御加護されて、幸せになる前兆よ」
と美代子に答えていた。
確かに、大助の話には、人々の胸をくすぐり、絶えず快い微笑をかもし出させる、純粋で清潔なユーモアがあり、猥雑な臭いを微塵も感じさせないところがある。
何時の間にか、祭囃子の音も消えて、人々が思い思いの方向に散り、静寂を取り戻した墨絵の様な鎮守の境内には、杉木立の闇の中で、かすかに漏れる月の薄明かりが、織田君と理恵子の二人を、シルエットの様に ”青い影”となって映っていた。
棚田の稲穂を渡って来る爽やかな緑の夜風が、二人の胸に清々しい移り香と切ない慕情の余韻を残し、理恵子のおくれ毛が、優しく揺れていた・・・。