江梨子は、家につくと玄関前でもじもじしている小島君を見て外に出ると
「ねぇ~ 勇気をだしてよ」「何時も通りに遠慮しないで入りさないょ」
と言いながら、彼の背中を押すようにして促すと彼も覚悟を決めて
「なぁ~ あまり余計なことを喋るなよ」、
と言って玄関を入った。
江梨子の家庭は、村でも昔から続く家柄で、杉木立に囲まれた家も大きく、母親の指導と依頼で親戚や縁故のある人々が夫々に木材関連の事業を経営しているためか経済的にもこの地方では裕福な方である。
家に入るやいなや、陽気でお喋りな中学3年を卒業したばかりの妹の友子が、彼を見るなり大きい声で
「わぁ~ 姉ぇちゃん、小島君を連れてきたわ~」「全然、男の子に、もてないと思っていたのに、以外だわ~」
と言いつつ、小島君の方を見ながら無理に連れらて来たのを見破るかの様に叫んだので、江梨子は
「んゥ~ン 五月蝿いはね。あんたは、奥に行っていて。大事な話しがあるんだから・・」
と無理矢理追い払い、彼を広い座敷に案内した。
友子の声を聞きつけた母親の幸子が、勝手場の手を休めて和服にかけた白いエプロンで手を拭きながら、ニコニコと笑顔でいそいそと座敷に顔を出し、小島君を見るなり正座して
「よく来てくださいましたこと」「何時も、江梨子が我侭を言っては、貴方にご迷惑をかけているらしいですが、親として、ほれ、この通り謝りますので、どうか勘弁してやってください」
「なにしろ、わたしに似て・・」
と、畳に丁寧に頭を下げつつ語りかけると、江梨子は
「母さん、そんなことどうでもいいわ」「それになによ、初対面でもないのに・・」
と話を中断させて
「母さん、わたしにも、この通り恋人がいるのよ」「母親として、娘も人並みだと安心したでしょう」
と彼を紹介して、同級生で一年間隣どうしで席を並べていたこと等を手早く説明して
「どう~ぉ 背も高く、筋肉質で、野球の選手なのよ」「将来、或いは背の高い子が生まれるかも知れないわ」
「お母さんの子としては、素晴らしい恋人に恵まれたと、きっと親戚の人達に自慢ができるわ」
「わたしの、一年間の努力の賜物よ、褒めて欲しいわ」
「いまも、河原でデートしながら、これからのことを相談してきたの」
と、一方的に話たあと、母親に考える余裕もあたえず、友子が気を利かせて運んできたジュースを飲んで一息つくと、母親の
「どう~りで、朝からお寿司を作ったりして、珍しいこともあるもんだと思っていたが」
「江梨子、それで時々遊びに来ていて顔見知りなのに、改めて恋人だと言うが、一体、二人の関係は、何処まで進んでいるんかね」
と聞き返すと、江梨子は
「母さん、いきなりそんなことを聞くのは失礼よ」「わたし、その様な母さんを見られたと思うと、娘として恥ずかしくなってしまうわ」
「もっと、上品にしてよ。役員をしている会社の話とか話題は沢山あるでしょう」
と母親に注文をつけたあと、堅くなっている小島君の膝をポンとひと叩きをして、彼女の持論を雄弁に展開し始めた。
その内容は、二人とも大学進学の意志はなく、高校卒業後は、都会に出て会社に勤めながら、街のセンスを身に付け、やがてはこの地に戻り花嫁修業をし、やがて彼と結婚して、この家を継いで親の老後の面倒を見る考えだが、その条件として、いまは、凄い就職難の時代なので、東京の叔父さんが経営する会社に確実に就職できるように、いまから根廻しして欲しい。
勿論、小島君も同じ会社に入れるように、そこは母さんの腕で、わたしの希望が適う様にうまくやって欲しい。
叔父さんは、母さんの弟で、経営手腕はあるが、女性問題で何度か母さんに助けてもらったことがある。と、たまに自分も母さん達の会話を断片的に聞いて知っていること。
それに、本来は、叔父さんがこの家を継ぐ順序なのに、長兄が死亡したときに、親戚の人達や叔父との相談で、猛烈な恋愛中の母さんを無理矢理に別れさせて田舎に帰したこと。
それらのために、叔父は母さんに頭が上がらないこと。
等、持てる知識を総動員して速射砲の様に喋りまくり、小島君がもう止めろと江梨子の尻を指先でつっつくも、彼女は意に介せず話終えると
「母さん 私達の気持ちと将来の生活設計が判ったでしょう」
「わたしの、一生のお願いだし、これで皆が幸せになれるわ、そぅ~でしょう」
と、話を閉めくくると、母親の幸子さんは目を丸くして
「お前とゆう子は、自分勝手であきれたわ」「だいたい、小島君の家の事情もあるだろうしさ」
「そんなに、ことがうまく運べるとは思えないわ」
と、江梨子の熱情に圧倒されて、まともに返事が出来ないでいたところ、江梨子は、母親にとどめを刺す様に
「若し、わたし達の希望が適わなかったら、わたし達、家出するかもしれないわ?」
と、念を押し、目が三角の様になって焦点が現実と合わなくなった母親が
「江梨子ッ! 恋人の紹介だけだと安心していたが、お前の突飛な話に驚かされて卒倒しそうだよ!」
「急に成長するのも良しあしだね」「お父さんに相談してみるよ」
と返事をするのが精一杯であった。
何時の間にか顔を出した友子は
「姉ぇちゃん、良くやった!大賛成だわ!。わたしも安心してお嫁にゆけるわ」
と拍手してその場の雰囲気を和ませた。
小島君も、ハラハラ・ドキドキして自分が想像もしないことまで、如何にも二人で相談して訪問した様で一言も口を挟まずにいたが、その反面、女性は男性より生活感覚が遥かに先を行っているのだなぁ~。と、感心し、帰りの列車の時間も近く、早々と逃げ出す様に家をでた。
駅まで送ってきた江梨子は
「小島君、いきなりわたしの理想を喋ってしまい、御免ね」
「わたし、何時の日か、この道を君と二人で歩ける日の来ることを楽しみにしていたの」
と歩きながら機嫌よく話していたが、小島君が彼女の勝手だが将来を見つめた突飛な話を聞かされて不安におののいているのも構わず、小島君の手を力強く握って、満ち足りた気分で足取りも軽く歩いていた。