「脳脊髄液減少症」という病気、それによる頭痛をご存じだろうか? 一時期、マスコミ各社が交通事故と関連する頭痛としてこぞって取り上げていたので、耳にしたことがある方もいるだろう。しかし、あたかも交通外傷による「むちうち症」(「外傷性 けい 部症候群」)の多くがこの頭痛を引き起こしているかのように報道されたこともあって、混乱をもたらした。

布団から起き上がれず

 脳脊髄液とは、脳室で作られ、くも膜(脳の表面から脊髄を包んでいる)の下を循環している液体のことである。硬い骨に囲まれている脳や脊髄は、脳脊髄液のなかに浮かんでおり、外力が加わってもこの液体がクッションの役目を果して、物理的な障害を受けにくいようにしているのだ。豆腐を水に浮かべている状態を想像していただくとよい。

 脳脊髄液減少症は、脳脊髄液が何らかの原因によって漏れ出て(髄液漏と呼ぶ)、多くの場合、頭のなかの髄液圧が低下することにより、脳室が変形、脳の表面が引っ張られることで起きると考えられている。脳脊髄液圧が低下すると、頭痛や吐き気、首の痛みやこわばり、光過敏、耳鳴りなどを起こす。寝ている時にはさほどではないが、座ったり立ち上がったりすることで悪化する頭痛(起立性頭痛)が特徴だ。そして、頭痛のために布団から起き上がれなくなる。さらには、集中力の低下、眼球の運動障害、聴力の低下(低音域の難聴)、意識障害などを起こすことだってある。

 ペインクリニック領域では、以前から、腰椎麻酔(虫垂炎の手術の際などに行われている)や髄液検査、さらには硬膜外麻酔といった処置を行った後にみられる頭痛として一般的であった。髄液漏があるものの髄液圧は正常のケースもあり、脳脊髄液を産生する能力の低下や血液凝固異常、胃腸障害、自律神経系の異常、ストレスなどが関与していると考えられている。

 

スポーツなど外力によって生じることも

 脳脊髄液の減少によって起こると考えられる頭痛については、1938年に、ドイツのシャルテンブラントが「髄液無産生症」として報告。その後、76年には、ラバディらが脳脊髄液の漏れが病態の本質であるとした。なお、90年代以降には画像診断技術の進歩に伴い、頭部MRI(磁気共鳴画像)で脳表面を覆っている硬膜が厚くなっているのを確認すること、RI脳槽造影で早期 膀胱ぼうこう 集積(くも膜下 くう に注入した放射性同位元素が、通常よりも早く膀胱に集まること)を確認することなどが診断基準として用いられるようになった。奈良県立医科大学麻酔科の研究は、CT(コンピュ−タ断層撮影)脊髄造影が有用であると結論し、脳脊髄液の漏れが疑われる場合、硬膜外腔(脊髄の背側にある空間)への造影剤の 貯溜ちょりゅう を確認できれば診断は確実としている。しかし、これらの技術をもってしても、脳脊髄液の漏れを確認できない患者さんがおられることも事実である。

 発症初期であれば、1〜2週間程度の安静と点滴によって治ることが多い。水分を多く取ることもひとつの手である。鎮痛薬の服用はあまり効かない。ペインクリニックでは、重症例に対して、漏れを生じている部位の硬膜外腔に、患者さん自身の血液10〜20ミリ・リットル程度を注入してふたをする硬膜外自家血パッチを行っている。

 スポーツ障害や、カイロプラクティックで頸部に過度のマッサージを行ったことで生じるとする報告もある。外力によって髄液圧が一時的に上昇することで、脊髄から出る神経を包んでいる膜が破れて発症すると考えているのだ。

 いずれにしても、診断と治療には専門的知識を要する。まずはペインクリニックや神経内科、脳神経外科などを受診されることをお勧めしておく。(森本昌宏 麻酔科医)