平方録

ん 渇水? どこの話だ

「首都圏 94年なみの渇水懸念」

昨日の新聞記事の見出しで、首都圏の水ガメの状況は関東から九州にかけて大渇水となった1994年の再来が危惧されるほど少ないんだそうだ。
首都圏に水を供給する群馬県の矢木沢ダムは利根川水系で2番目に大きい水ガメだそうだが、28日現在の貯水量は、何と17%だという。
利根川水系に8つあるダム全体を合わせても貯水量は39%だそうで、すでに10%の取水制限が行われているという。
暖冬で北関東の山々への積雪が少なかったことに加え、5月の降水量が少なかったせいだという。
これで空梅雨に終われば深刻なことになるのだろう。

こういうニュースを見聞きするたびに、違和感を覚えるのである。
神奈川県も堂々たる首都圏の一員だが、こと水に関しては渇水というものを経験したことがない。
94年だって、東京に水を分けてあげたほどじゃなかったかと、記憶の底に残っているくらいだ。
理由は明快で、相模川水系に2つ、酒匂川水系に2つの合計4つのダム湖が整備され、水ガメとして機能しているからである。

相模川は富士山のすそ野から発して山梨県内を流れた後、神奈川に入って県の真ん中を流れ、相模湾に注いでいる。
最初のダムとなった相模ダムの完成は1947年と戦後だが、計画そのものは1933年だそうで、戦時中の41年に建設に着手している。
軍需工場の集積する京浜工業地帯や艦艇建造の中心だった横須賀海軍工廠への電力と工業用水の確保・供給が大きな狙いだったようである。

そして戦後の復興期を経て高度経済成長期に入ると相模ダムの下流に津久井ダムが造られて津久井湖が誕生する。
これも相模ダム同様、京浜工業地帯への工業用水の確保に加え、この頃から飛躍的に増えて行った人口増に対応するための生活用水確保の目的が大きい。
津久井湖が出来たのは1970年だが、人口膨張はさらに続き、それまで手をつけて来なかった酒匂川水系に手を伸ばすことになった。そして1978年に完成したのが西丹沢の三保ダムである。ついで2000年にはこれまた丹沢山塊東の一角に宮ヶ瀬ダムが完成している。

さすがに宮ケ瀬ダムの時は、いくらなんでも不必要じゃないのか、丹沢山塊の自然環境の破壊に通じるとの懸念もあったが、結局、先人の先見に習って後世に安心を残そうという、建設推進派の理屈が通ってしまった。
新しいダムだから宮ケ瀬湖に近づくと、山の中に突如アスファルトの高規格の道路が現れて驚かされるが、谷をせき止めてつくった人造湖だから湖岸というものは切り立った急斜面で、湖面に降りるには限られた場所しかないので、親しみの薄い湖なのである。
利用可能な水系は利用し尽くしてしまった、という印象でもある。

ま、ケチはそのくらいにしておいて、この4湖を合わせた貯水量は神奈川県企業庁のホームページによれば29日現在、90%と渇水の心配は皆無のようである。
特に酒匂川水系の丹沢湖が96%、宮ケ瀬湖も93%と、ほぼ満杯なんである。
丹沢山塊に雪などめったに積もらないから雪解け水は期待できず、1年中、降った雨をこまめに細大漏らさずため込んでいるのだ。
こと生活用水と工業用水に関しては神奈川県に住む限り、心配無用というのはうれしい限りではある。




わが家のフウロソウ。またの名をゲラニウム。その中のロザンネイという品種はリズミカルな風情で晩秋まで咲きつづける
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