平方録

次の楽しみはホトトギスの忍び音

サクラが散ってしまった今、萌え盛り香り立つように輝く新緑を愛でるのを何よりの楽しみにしていているのだが、その生まれたての新緑もそろそろ濃くなってくると次の楽しみが登場してくる。

それがボクの場合はホトトギスの初音である。
夏の到来を告げる鳥として位置づけられているから、鳴き始めるのは立夏を過ぎた頃からなので来月の子どもの日辺りがそれに当たる。
渡り鳥のホトトギスはこのころに渡ってきてウグイスの産卵に合わせて自分の卵をウグイスの巣に産み付け、孵化し、飛び立てるまでの面倒を見てもらうのである。
人間界にも子育てを放棄してしまう親が時々いるが、ホトトギスは種としてそれを習性にしているチャッカリした鳥なのだ。

ちなみにホトトギスはウグイスより早く孵化するため、孵化したヒナはウグイスの卵を巣から落としてしまうそうだ。
チャッカリしている上に、恐ろしいくらいに恩を仇で返す薄情者の極みなのだが、哀れウグイスはそうとは知らず、せっせと餌を運び巣立たせるのである。
それでもウグイスが絶滅危惧種のリストに入っていないところを見ると、何とか自分の子孫を残すことには成功しているらしいから、余計な心配は無用なのだろう。

しかし、そんな話を聞いた後でも、あの澄み切った甲高い声で夜中であろうと大きな声を響かせるところは、けっして初夏の清々しさをぶち壊すわけでもなく、かえって真夏の到来を伝える屈託のない朗らかさを感じさせてボクは好きである。
加えて佐々木信綱作詞の小学唱歌「夏は来ぬ」の歌詞もボクの背中を押しているのだ。
その1番。「卯の花の 匂う垣根に 時鳥 早も来鳴きて 忍音もらす 夏は来ぬ」

こうやって文字を眺めると意味は伝わってくるが、小学校で歌い始めたころは「ハヤモキナキテェ~ シィ~ノォ~ビィ~ネ モォオラ~ァスゥ~ ♪」ってのが何のことやらさっぱり分からないくせに、何かとっても心地よく感じたものである。
以来、半世紀以上に渡って体に染みついてしまっているのだ。
初音を含め、渡って来たばかりのころに鳴く声を聞いた日本人は古来より情感たっぷりに「忍び音」と呼ぶのである。

 わがやどの池の藤波さきにけり 山郭公いつか来鳴かむ   よみ人しらず

詩人の大岡信は「花を慕ってやってくる鳥というものを少しずらして考えると、花であるところの女を慕って通ってくる男のイメージに重なる」と書いている。
小学唱歌で屈託なく育った子もいずれはこういう気持ちを理解できるように成長するものなのだ。

 郭公まだうちとけぬしのびねは 来ぬ人を待つわれのみぞ聞く   白河院

来るはずなのにやって来ない人を心待ちにしている時にも「しのびね」が「忍ぶ思い」や「忍んで来る人」に結び付いていく。
次の歌も恋を連想させ、待つ鳥だったことを良く表している。

 いかにせむ来ぬ夜あまたの時鳥 待たじと思えば村雨の空   藤原家隆
 
気持ちの良い初夏の季節は恋の季節でもありますからねぇ。
しかしホトトギスの鳴き声ってのは聞きようによってはけたたましく「特許許可局」って鳴くんですゼ。決してしみじみ、しっとりしたもんなんかじゃありゃしませんゼ。
自分のモヤモヤした気持ちを掻き破るように、それらを吹っ切って思いっきり歌うところが恋に身をやつすような人たちには好ましく映るんでしょうかねぇ。
そんな気持ち、もう忘れちまったなあぁ。



わが家のあまり日当たりの良くない場所に群生するホタルカズラ


隣り合わせにこの名も知らぬ花がどこからかやって来て増えている


こちらは尾根筋の道端から掘ってきて根付いているホウチャクソウ


ピルグリムファーザーズを乗せてアメリカ大陸に渡った船の名に付けられた「メイフラワー」
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