平方録

黄金の湯に浸りながら

思えばあれはちょうど2週間前の水曜日のことだった。

久しぶりに稲村ケ崎の黄金の湯に浸ろうと思って長谷でバスを降りて歩き始めたところだった。
妻から息せき切った電話があって、入院中の義母が危篤になったと知らせてきたのだ。
そのまま反対側のバス停からバスに乗ってわが家に戻り、押っ取り刀で病院に駆けつけてほどなくして義母は息を引き取ったのだった。
大雪が降ったり、何かと印象に残る時期を過ごしたものである。

別に2週間という節目を計っていたわけではない。
最後に2本だけ残っていたつるバラに寒肥を施し終え、同じく残っていた鉢植えの2本にも鉢の土をほじくり返しながら施肥を済ませたのである。
ヤレヤレと思いながら、再びコタツに戻ろうとして「そうか、温泉に行くという選択肢もあるな」と急に思い立ったのだ。
時刻はまだ午前11時である。
空には雲一つなく、風もない。ただ空気は冷えているから手放しの暖かさというようなことはないのだが、そこはそれ、光の春だけに周囲の空気はまぶしいくらいに明るい。
目の前に広がる陽光にきらめく相模湾と純白の帽子をかぶった富士山の雄姿を眺めながら、室内では黒々として見える黄金の湯に浸るのだ!

男湯と女湯は1週間ごとに入れ替わるので、この日の男湯は向かって左側の伊豆大島を正面に見る位置の浴槽だった。
従って湯船に浸ってしまうと富士山は見えなくなってしまうのがちょっぴり残念ではあるが、致し方ない。
先客は4人いたが、若者2人は狭いサウナの小部屋に閉じこもったきりで、広い浴室に姿が見えるのは2人だけなのでがらんとしていて、しかも一番景色が良く見える位置には誰もいなかった。
こういうプチラッキーというのにもたまには巡り合えるものなのだ。大したことないけど…

ここの湯の温度はせいぜい40度くらいなので、長く浸っていても熱くて我慢できないなどと言うことがない。だから長い時間浸っていることも可能である。
結局ボクは体を洗う短い時間以外は湯に浸っていたから50分超は湯船の中で過ごした。
ペットボトルの水も持ち込んで、かいた汗を補給しながら極楽気分を味わったのだ。そういうところは一応気を配った方がいいのだ。

脱衣所に戻って服を着ていると、脱衣所の前の廊下からしきりに男の話声が聞こえてくる。
? と思ったが、のれんを分けて出て見ると目の前に救急隊員2人がヘルメット姿のまま女湯ののれんの前に突っ立っている。
女湯から救急出動の要請があったようなのだ。
多分、浴室に入って救護措置をとっていたのは女性隊員なのだろう。男どもはいざという場合に備えて待機しているようである。
そりゃあそうだろうね。亭主や彼氏にも見せたことのないような、あられもない恰好でグロッキーになっている女性のところに、ドヤドヤと男が乗り込むわけにはいかないんだろう。
スワッという時には救急隊も気を利かせて女性隊員を派遣すると見える。

フロントでロッカーのカギを返却したりしていたら、女湯から出てきた女性が「もうだいぶ目に力が戻ってきたから大丈夫だと思うわ」などと言っていたから、湯当りか何かだったのかもしれない。
極楽気分もいいけれど注意しないと大変なことになりかねないのだ。クワバラクワバラ。
ゆったりと湯に浸ろうという時、水分補給というのは案外大事なことなんである。



稲村ケ崎から見えるおなじみの景色。国道134号を挟んだちょうど反対側に黄金の湯が湧き出している
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「随筆」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事