前日のトーキョーに引き続き、昨日は野暮用で久しぶりにヨコハマに出た。
久しぶりと言ってもトーキョーがコロナ禍以来の3年ぶりだったのに対し、ヨコハマはさすがにぐっと身近の3か月ぶり。
両都市の違いを一言で言うなら「空の広さ」。
トーキョーの町はどこを歩いても空がない…というか、あっても首が痛くなるほど真上を見上げなければ空は見つからない。
それくらい空がない。
智恵子抄の智恵子が「トーキョーには空がない」と言ってトーキョー暮らしを嘆き、故郷を懐かしみつつ、やがて心身を病んでしまうのだが、その時代と比べてもさらに空の面積は減ってしまっている。
もっとも智恵子の場合は空の面積だけでなく、澄み渡り具合とか、色や味、匂いと言った様々な要素も含んだことだろうが…
それに引き換え、仕事か何かでトーキョーに出かけ、ヨコハマに電車で戻ってきて改札を抜けてまず感じたのは「空が広い」ということ。
「空が広い」と、良いのはまず第一に圧迫感がない。
圧迫感がなければ人間は縮こまることもなく、のびやかに呼吸ができ、背筋がシャンと伸びる。
加えて、空が広ければ街全体が明るい。
そして何より、ミナト街ヨコハマは「町の匂い」を含めた空気感が違うのはもちろんだが、「感」だけじゃなくて、空気そのものも海に面しているせいか、とても美味しい。
まだ横浜に住んでいた大学生の頃、深夜の電車で横浜駅のホームに降り立った瞬間、潮の香りを感じて「あぁ、帰って来た♪」とホッとさせられたことが何度もあった。
普段はあまり気付きにくいのだが、ヨコハマには潮の香りが漂っているのも特筆すべき違いだと思う。
トーキョーも特段、海から離れているわけでもないが、あまりに多くのものがひしめいて動いているので、潮の香りなど消し飛ばされてしまっているのだろう。
まっ、挙げればきりがないが、トーキョーの人は住めば都というだろうし、それはそれでいいが、そこと違う「広い空」の下で暮らす人間からすると、やはり「空がない」所から広い空の下に戻って来ると、心底ホッとするものなのである♪
横浜駅東口のビルで野暮用を済ませ、ミナト方面まで歩こうと思ったら若い女性の大波に飲み込まれた♪
地上もペデストリアンデッキの上も若い女性が同じ方向を目指して賑やかに進んでいく
「King & Prince」という若い男性5人グループのライブが開かれる音楽用アリーナを目指していたようだでこれが目当てだったようだ
しかし、聞いたこともないグループ名だ
この巨大なアリーナが出来たお陰で、東口のビルからベイブリッジが見えなくなってしまった
挿し木して2年目のバラ「空蝉」のツボミがココロモリ首を垂れているのでよく見たら、何と毛虫がツボミにかじりつき、穴をあけて頭を突っ込んで食事中だった
おのれっ! 何たる狼藉! 即刻ひっ捕らえ、裁判なしでその場で処刑してやった
ったく…
17日にポットに移し替えたばかりの「あんみつももか」というビオラの苗を水枯れさせてしまい、気がついたらぐったりしていて瀕死の状態になっていた
慌てて底面給水させたが、今朝見ると20苗の内6苗はほぼ絶望だが、14苗は何とか持ち直した様子
その調子で頑張れっ!
その他のhん種は何とか無事に育っている♪
寄るテレビを見ていると、外で花火の音がする
茅ケ崎のサザンビーチではサザンオールスターズとコラボした花火大会が開かれている時間だが、その音かと思ったが、やけに音が近い
それで、北側の窓を開けて外を見ると1.5kmほど離れたグラウンドで打ち上げている
昼間、オクトーバーフェスティバルを開いていた場所で、その余興らしかった
実際に目の当たりにするのは今年初めてで、20分ほどだったが、しばし楽しめた♪