また巡ってきた、1月17日。いろんなイベントが阪神地区ではあったが、おそらく離れたところでは地震と言われてもピンとこないのじゃないだろうか。幸か不幸か、埼玉に住んでいるため大震災にはあわずに済んだ。13年前、西宮の実家に帰ったのは2日後の19日だった。
ここはその時の様子(昨年の1月にアップしたヤツなので読まれた方はパスして下され)
実家は柱と壁の隙間から外が見える状態だった。とりあえず埼玉より担いできた大判の工事用ビニールシートを屋根に固定する。文字で書くと1行だが、一人でやるのは半日仕事だった。片方をロープで固定し、風上から風下にかけて屋根の上を滑らすのだが、あちこちで引っかかる。無理に引っ張れば破れるので、その度に反対側に廻って引き直す。その内、風で膨らんだ時に引っ張る事を覚えたが、時間は却ってかかるようになった。
母と妹は目の前の大社小学校に避難させたが、貴重品は家に置いたまま。火事場泥棒ならぬ地震泥棒が横行しているという話であったため、ワンコと家に残った。こいつは特定のドッグフードしか食べない犬だったので、乏しくなった餌を求めに大阪まで買出しに出るが在庫無し、ついでに、手洗い用に大阪駅でウエットティッシュを買おうとした。普通サイズは売り切れ、小さいものしかなく、それにはふざけた値段が付いていた。
人の不幸に付け込んだ商売をするじゃねーよ。本来の大阪商人は理性と哲学を持った文化人である。いつしか儲けしか考えない守銭奴みたいな輩を呼ぶ言葉になったが、これは悲しい誤用である。こんなことで評判を落とすのは馬鹿馬鹿しいことだ。被害甚大な西宮北口界隈ではペットボトル入りの飲み物が路上に並べられ、いつもより安い価格で売られていた。
京都まで行き、観光案内所でペットショップの在り処を聞く。受付嬢は妙な顔もせずに教えてくれた。有難いことに、紹介された店では求めていた余りポピュラーではないドッグフードを置いていた。支払いをするといつもと同価格。この辺が京都人の余裕なのか。
帰りの電車で大阪から乗ったおばちゃんに話しかけられる。聞けば神戸から電車の乗り継ぎ、3日ぶりに大阪のサウナで汗を流したそうだ。電気は比較的早く回復したが、ガスと水道はまだ止まったまま。冬とはいえほこりだらけの体を洗いたくなるのはよく分かる。
(神戸方面から大阪に向かうと)『淀川を越えたら潰れてる家なんかほとんどあらへんね。まるで別世界やわ。』そういいながらおばちゃんはちょっと涙ぐんでいた。ここは黙ってうなずくしかないぼーずだった。
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