類人エン(さすらいの詩~砂一詩集)

旅の終わりにこそ続けて流離う。
遠回りの道。
迷うな!それが真の勇気。
無限の嘆きは感謝。
神への祈りだ。

救いを求めて

2011-10-30 22:37:20 | Weblog
「神」が存在するなら救いを求めよう。

だがきっと「神」は公平に違いない。

だとすればこの人生は失格だ。

きっとたくさん「神」に背いてきたと思うからだ。

今更「神」に向かい祈りを捧げようとは虫が好過ぎる。

人生の壁に突き当った為、物乞いに転じたと見られても仕方があるまい。

これまで振り返れば「神」とは共に歩んできたとは言えない。

尊敬も祈りも捧げてはいない。

ただ、困った時だけの「神」でしかなかった!

この罪こそ償う必要がある。

そうではないか?

一人になった時、自問する。

孤独になった時に自省する。

そんな頼りない人生をやってきたことを嘲笑う。

お前!覚悟しなさい。

資本主義の社会で、人類は自然を乗り越えたと錯覚していたのだろう。

それでもせっせと神の下に詣でて膝間着く人々の何と多かったことかを知るべきだ。

酒も女も金も全て捨てた一人身に残された空間で洗礼を受ける。

それが恥多き一生の終着駅である。

今、自らを憐れみ神に救いを求める。

そして、地の中に横たわり、夢を繰り返し見続ける。

やさしき子守唄のような歌を呟きながら瞼を閉じる。

するとゆりかごに揺られるかのように安らかな世界へ誘う。

救いを求める。

即ちそれは永遠への旅への出立であった。