先日、福岡ヤフオク!ドームで行われた第7回AKB48選抜総選挙での「たかみな総監督最後のスピーチ」が感動を呼んでいる。
帰宅後、録画した番組を観てその理由が分かった。
選挙戦でトップの座を奪還した指原莉乃さんの「私はブスで、貧乳で…」という自虐スピーチも立派で優れていた。
しかし、得票4位の「たかみな」こと、高橋みなみさんのスピーチが「凄すぎ」て「割を食った」感がある。
一期生としてAKB48に参加してから10年。「これが最後の総選挙」との「感傷」や「万感迫る思い」からだろう。テレビに映る彼女はイベント途中から既に涙で顔をぐしょぐしょにしていた。
司会の徳光和夫さんから名前を呼ばれた時には、「ワー!」と泣き崩れんばかり。両の手で顔を覆いながら、マイクに向かい、おぼつかない足取りで階段を下りる。
表彰を受け、4位と刻まれた「楯」を手にした時も肩を震わせている。
宣言した1位が取れなかった悔しさか? 前回から5つも順位を上げた喜びか?
「それにしてもこんな状態で、スピーチ、大丈夫か?…」
マイクスタンドの前に進んで、「ありがとうございました!」と涙に光る顔をゆがめるように声を絞り出す。
「さすがの総監督も、感情に押し流されボロボロか…」
そう思ったその直後。彼女は二回大きく深呼吸した。
そして流れる涙をよそに、低く通る声でゆっくり話し始めたのだ。
わずかな「間」で総監督への思いを表現
高橋「私がAKBに入ってから、今年で10年が経ちます。7回目の総選挙、最後の総選挙でした」
息の乱れや、声の掠れは無い。
彼女は、わずか二回の深呼吸で「波立つ感情」をコントロールしてしまった!
シーンとした数万の客は彼女の落ちついた一言一言に耳をそばだてる。
高橋「一期生としてたくさんのメンバーの卒業を見送ってきました。色々な葛藤や、色々な思いがありました。そして私は(にっこり笑い、顔を上げ、間をあけて)、入って1年ぐらいのときにあることに気がつきました」
多くの聴衆は「え? 何に気づいた?」と、次の発言を待たざるを得ない状況が生まれた。すると彼女は、十分間を置き、語調を強めてこう発した。
高橋「私はこのグループでは、一番にはなれないということです」
毅然として言い放つ。そして畳み掛けるように語り出した「本音告白」に吸い込まれる客。
高橋「同期には前田敦子が、次の期には大島優子がいました。(二人を愛おしむような笑みとやわらかい調子に切り替え)みんな凄くて、カリスマ性があって絶対的人気があって…(間)」
「間」を巧みに使い心境を語る。我々はこのわずかな「間」のおかげで、彼女がどんな思いで「総監督」を勤めてきたのかを考えることになる。
非言語は言葉以上に「本音」を伝える
高橋「(略)歌手になりたくて芸能界を目指しました。たくさんのオーディションを落ちました。そして受かったのがAKB48でした。歌手になりたいけどアイドルになりました。カワイイとか、アイドルとか全然分からなくて、どうすれば人気が出るのかも分からなくて~気がついたら総監督になっていました…(ここで悲しげな表情を見せる)」
彼女にとって「総監督」とは望んで担った役割ではなかったようなのだ!
高橋「そして総選挙があって。私なんかが1位になりたいなんて言っちゃいけないなって(茶目っ気のある笑顔を見せ、「間」を十分取った後、真面目な顔に戻り)思いました」
(略)
高橋「<この人がセンターになった方がいいな、この人が一位になったほうがいいんじゃやないか…>。自分のことなんてどうでも良かったんですけど…」
感極まって顔を歪め言葉に詰まる…どうでも良くはなかったのだ…。
高橋「きっとここにいるメンバーみんなが思っていることを私も一緒に思っています。<一位になりたいって、言ってみたいな>ってことです」
(略)
高橋「確かに目標としていた順位には届かなかったし、ここまで(4位のコールを受ける時点まで)呼ばれなかったから、一位になろう!(肩をすくめて笑顔で)と思ったけど(悲しげな目)…」
目の輝きや口の開け方、声のトーンなど。非言語は言葉以上に「本音」を伝えることがある。そのことを表現者としての彼女は十分に理解している。
過度の感情を込めない語り口こそ彼女の「スキル」
彼女が10年間抱えた葛藤の吐露を素直に聞けた。
簡潔に、率直に、過度の感情を込めない彼女の語り口がそうさせた。
スピーチでの表現力こそが、10年で培った彼女の「スキル」だ。
「高橋さんは、自ら進んでメンバーを束ねるエキスパートの役割を引き受けたのに違いない」。そんな私の理解は浅かったのだ。
考えてみれば、どんなに名脇役も「脇役になろう」と思って役者になる人は少ない。我々だって、自分の人生の主人公は自分なのだと思いつつ、実際に「主役」を張るのが難しいことを知っている。
彼女の短いエピソードに我が身を思い、共感する視聴者も多かった。スピーチに求められるのはこの「共感」だ。
高橋「私はメンバーに残したい言葉があります。多分みんないろんな活動をしていて<悔しいな>とか<100頑張っても1ぐらいしか評価されないなぁ>って、たくさん矛盾を感じていると思います」
高橋「でもね…(「です・ます」丁寧語からいきなり「でもね」「だから」「そうね」という「非丁寧語」に切り替えて説得力を高める「コードスイッチ」の技だ!)人生というのはね、きっと<矛盾と戦うもの>なんだと思う…」
(略)
メンバーへの助言がそのまま観客へのメッセージに
高橋「だからきっと、AKBグループにいればいるほど、頑張り方が分からなくなると思います。
どう頑張ったら選抜に入れるのか。
どう頑張ったらテレビに出れるのか。
どう頑張ったら人気が出るのか。
みんな悩むと思うんです。
でもね、未来は今なんです。今を頑張らないと未来はないということ!」
(略)
高橋「<努力は必ず報われるとは限らない>。そんなの、分かってます!
(略)
その頑張りがいつ報われるかとか、いつ評価されるのかとか分からないんだよ…」
高橋さんは、キレイゴトやタテマエを並べ立てる「アイドル」を、とうの昔に卒業している。
10年間で痛いほど、厳しい現実を目の当たりにして来たのだろう。メンバーへの助言は、そのまま我々聴衆への強いメッセージとなって突き刺さる。
これは名スピーチの「間接技」とも言える。
観客参加の巧みな総選挙ラストバージョン
スピーチの最後、数万人の会場のお客さんを「参加させること」で閉めたのも素晴らしかった!
高橋「これが、高橋みなみ・総選挙ラストバージョンです。
(とびっきりの笑顔になって客席に話しかけ)
皆さん、一緒に言ってくれますか?
(「ハハハ」とこの日初めて声を上げて笑った)
いきます。せーの!
<努力・は・必ず・報わ・れる!>
(高橋音頭、一語一語、ゆっくり告げると会場一斉に唱和する)
高橋みなみは、人生をもって証明します。ありがとうございました!!
(毅然とした笑顔の後深々と頭を下げる高橋)」
ステージと観客席が一つになった瞬間だ。
「たかがアイドル」などと決して言えないスピーチ力
高橋みなみさんから学んだスピーチのポイントは以下の5つ。
1:「緊張」「感動」「悔しさ」などの感情をストレートに表出しない
感情をそのままぶつけて許されるのはお金を払う「カウンセラー」ぐらいだ。AKBのメンバーにも「感情コントロール」が上手にできず「不評を買ったスピーチ」があった。高橋さんは大きく深呼吸することで感情に流されることから身を守った。
2:「気持ちを伝える」には「感情的な言葉」ではなく「具体的に状況場面を想像出来る絵」として記述する
「絵が見えない話」に人は共感しない。高橋さんが語る一コマは誰もがイメージ喚起しやすいエピソードだ。
3:スピーチでは「表情」「声のトーン」「スピード」「間」など「非言語」が重要
高橋さんの「感情の高ぶりをグッとこらえる表情」「あえて低いトーン」「悔しさを語るときのわずかな笑み」などが効果を発揮している。
4:事前に話しのテーマ・構成・エピソードを作っておく
高橋さんの「本音のスピーチ」がクリアーに伝わったのは事前の準備がしっかりしていたからだ。自分の「苦しみ」や「悔しさ」が、メンバーや観客にとっての「共通の関心事」となるような構成に仕上げていた。
5:場数を積む。日頃から「退屈させない会話」を心がければ、それが「スピーチ」に生かされる
高橋さんの「場数」には勝てないが、日常会話が「場数に換算出来る」と考え、1~4の要素を意識して話してみよう。高橋さんの名スピーチは「総監督」としてメンバーと数多く会話した成果とも言える。
「たかがアイドル」などと決して言えない「力」をまざまざと見せつけられた。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。