アマチュア哲学者で

日記か評論か意見表明か感想文かノンフィクションかエッセイか暇つぶしのレポートか

沖縄独立論

2023年12月31日 16時38分54秒 | 歴史
 沖縄県は日本国駐留の米軍基地を大々的に引き受けている。これが嫌なら、沖縄は日本から独立すればよいのだ。独立して琉球国へ戻る。むしろ中華人民共和国と手を結び、米軍基地を全面撤去させる政策を主張する。なぜそういう政治的勢力が沖縄から出てこないか不思議だ。そんな意見を耳にしたことも全然ない。
 歴史をひもとけば解るが、琉球王国が薩摩藩に侵略されてその属邦とされたのは近世のつい最近のことだ。
 先の戦争では沖縄が米軍によって地上攻撃されて日本本土を守る犠牲になった。
 地方自治体は一国の安全保障において国家の意思に優先される。この日本国において日本国憲法より日米安全保障条約のほうが効力が上だという判例がある。筆者はこの判例を知って愕然とした。その国の憲法より、外交条約が優先されるとはおかしい。日本はそんな国だ。西欧諸国とNATOの関係もそんな事情のような。
 沖縄は日本の一部だという前提は明治以来つくられたにすぎず、その近過去の前提は崩されやすいと思える。

BeatlesのNOW AND THENを視聴して

2023年11月18日 16時57分51秒 | 音楽
 ビートルズ最後の新曲としてリリースされた。何十年らいのビートルズファンとしてyou tube musicで初めて視聴したが涙なくして見れなかった。free as a birdが公開されたときと違って今回は直後に無料、課金なしに視聴することができた。
 いやらしいビジネス的にいってどうだかしれないが、今回はPaulの方針だろう。何せ最後の新曲と謳っているのだから。Johnの未発表音源は他に幾らでも残っているだろうに、最後といってるのはPaulの気持にこれでBEATLESとさよならだという意思表明を感じた。年齢的な面も考えられる。
 さてこの楽曲のテーマだが、悲しいことに現在世界の情勢を反映していて深刻だ。ウクライナ対ロシアの戦争はどうなる。イスラエル軍に攻撃されている
ガザ地区の人々はどうなるのだ。
 歌詞(子細に検討していない)は寂しいラブソングにすぎないかもしれないが、サウンドは現代の同時代性を表現している。Paulのセンスが発揮されている。このJohnが作詞作曲して歌っている曲でサビの部分で救われる。人類の悲惨な状況が救われる運命にあるとJohnが歌っていて、そんな気にさせるのはBEATLESとそのプロジェクトチームの偉大さだ。
 映像面にはふれられなかったが、JohnとGeorgeが若返って生きているように、生存しているPaul、Ringoと4人並んで歌っているシーンは圧巻だ。そして甦ったJohnはおちゃらけ動きでストリングス奏者たちを指揮していているような道化者に成りきっていて感動した。




神秘主義者の確信

2023年11月11日 21時19分35秒 | 日記
 わたくしは科学の力を否定する者ではない。しかし現代の科学レベルでは解き明かせない、説明できない現象は存在する。それが神秘現象で未来の科学が何かしら解明すると信じている。
 そして、神秘的でない日常性において神秘の力は必ず存在すると確信した。神秘力が現前した時、奇跡は起こる。神秘力が作用して現象する、日常生活で。その具体例を挙げたいが面倒くさいのでやめておく。後日、気分が乗ったら表現したい。一例としてはシンクロニシティがある。
 少し話題は変わるが、多幸感を得るときがある。映像と想像だけで絶対的な性的エクスタシーに達することができる。音楽の楽曲を聴いてもエクスタシーに達するときがある。多幸性脳内ホルモンのドーパミンがほとばしっている。それとは別に、アルコール酔い快楽は脳内局所の単なる感覚麻痺だろう。アルコール酔いながら、ステキな音楽を快適な自室内で聴いていて多幸感に支配される。


四国のある道を歩いていたら

2023年11月10日 18時01分06秒 | 日記
 秋の天気の良い日、吉野川左岸の土手道を歩いていた。徳島県脇町からの帰りだった。ぼくは河口に向かってJRの駅を目指して歩いている。大きな橋をわたれば目的先に着く。午後の中くらいの時間帯だった。人口の少ない四国だが、前から女子中学生らしき二人が歩いてきて右側をすれ違った。仲良く親しげに会話していた。制服を着ていたのでそう認識した。その他の世界では誰も見当たらない。9度目ぐらいのこの四国旅行において、その時。
 思うのだが、女の子は同性同士でくっつきやすい。東大阪市で低学年の女子小学生たちの下校姿を見るにつけても無邪気で可愛い。ロリコンのような感情をいだく。女の子も小学生高学年になるとませてきて生意気になる。何もすることはないが、やはり女の子は初潮前が最高だと思う。

 

  

反LGBTQ

2023年07月14日 18時53分19秒 | 社会
 現今、世界でも日本でもLGBTQの運動が一部で活発化している。わたくしは反LGBTQの立場からその運動に反対する。自分はジェンダー的に正真正銘の男性だが、いまだに独身なのでLGBTQのQに属するかもしれない。自分で自分の首を絞めているわけではないが、そしてGやBやTではない。異性に対する性欲はある。だが、それを充足させる積極的な行動力がないだけだ。消極的性格が禍いしている。その性格の身体的根拠はある。
 LGBTQ運動に賛同したらGBTと見なされるリスクがあり、実体はそうじゃないのだから迷惑だ。主観的にいってGBTは結構気色悪い。変態だと思える。本当に近所にいてほしくないし、TV番組に出演しているのも見たくない。かまタレントに嫌悪感あり。「彼」らかもしくは「彼女」らがあえてTV番組に出演する必要性が認められない。
 Bは欲張りだと批判しておく。Tの問題は身体的性徴をどうするかという具体策を検討しなければならない。
 だが芸術とか古典芸能分野では反感はない。現代の洋楽ロック界でも中性的魅力で優れた楽曲を発表しているアーティストが少なからず存在している。
 人口が減少している社会において同性婚や同性愛を公認したら、人工拡大にますます不利になるように思われる。だから隠れてコソコソやってゆけというのも横柄な主張で、日陰者のように生きていけというのも酷だ。
 自分の余生として孤独主義者でやってゆきたい。孤独や孤立を恐れず自殺をしないし、他人を攻撃誹謗中傷しない。ただ上記の嫌悪感だけは表明しておく。