安倍辞任の衝撃(3)改革の徹底こそ王道。2007/09/16, 日本経済新聞 朝刊, 1ページ, , 1517文字
論説委員長 平田育夫
経済の面からみると、なんとも間の悪い政局混乱である。
米住宅ローンの焦げ付きに端を発した市場混乱はドル安を招き、米欧の実体経済にも余波が及びつつある。原油相場が一バレル八〇ドルを突破、農産物も値上がりし物価上昇圧力が強まる気配だ。日本の超低金利はいずれ正常に戻さざるをえない。
つまり日本の景気拡大を演出してきた欧米の好況、円安・ドル高、超低金利という条件が揺らいでいる。景気回復を維持するには今こそ、強い政権基盤の下で、資源配分を効率化し生産性を高めるような構造改革を進めなければならない。
地方振興、分権で
だが、次の首相候補として福田康夫元官房長官が有力となるなかで、自民党内では「改革路線の転換を」という期待感が強い。参院選敗北の原因は疲弊する地方経済への配慮が足りなかったためという思いからだ。
地方経済の振興は大切だが、だから改革路線を変えよという議論は必ずしも当を得ていない。
小泉改革で公共事業が半分強に減り、地方が打撃を受けたのは事実。しかし小泉内閣は地方分権や規制改革など地域が自ら経済を活性化するための改革も目指した。ところがこちらは権限を守りたい官僚や族議員の抵抗で進んでいない。そのため公共事業の削減がもろに地域経済に響いた。
大幅な地方分権が実現すれば、優遇策による企業誘致や地場産業の振興など地域の実情に応じた政策をとれる。規制緩和や官業の開放が進めば、多くの企業を生む素地を作れるはずなのだ。
さらに農地集約などの農業改革が遅れがちなことも、地方経済に打撃となる恐れがある。
その理由はこうだ。農業地帯では、その生産性が高まらない限りじり貧になる。もう一つは農産物関税を下げられないため二国間の通商自由化で韓国などに先を越されていることの弊害だ。例えば欧州向けの韓国製品への関税がゼロになれば、日本のメーカーは欧州へ工場を移すだろう。そうなると工場などで働く兼業農家が困る。
その兼業農家は農家の七六%を占める。つまり関税撤廃を軸とする経済連携協定(EPA)の締結は多くの農家のためでもある。農業改革で生産性が高まれば輸出も伸びて、日本の農業にも未来が開ける。
英国に良い先例
地方経済の低迷に限らず、格差問題などの多くは改革のせいではなく、むしろ改革が不徹底だからという面が強い。
改革先進国の英国をみてみよう。一人あたりの国内総生産は二十年間で四・七倍に増え、二〇〇四年に日本を上回った。サッチャー元首相による市場重視の改革が英経済全体に活気を取り戻した。労働党のブレア前政権はその路線を継承しながら、余裕のできた財政を活用して低所得者向けの医療や若者の就職支援にも力を入れた。
何より改革で経済の足腰を強くするのが先決。それが実現してこそ社会保障も充実できるという生きた教えである。
日本の現状はといえば参院選での民主党大勝を受け、改革に対する官僚や族議員の抵抗は強まるばかり。安倍政権の方針に反して、十一の府省は所管の独立行政法人の新たな廃止を拒んでいる。道路財源の一般財源化や官業の民間開放を含め官僚の“サボタージュ”が急速に広がっている。
次期内閣はほかにも多くの改革課題を抱えている。特に持続性に黄信号がともる公的年金制度の改革は急務。年金改革とセットで消費税増税も避けられない。当然、強い指導力が必要である。
一方、政権交代も視野に入ってきた民主党は、年金改革や農業改革で財源の裏付けを含む責任ある案を出すべきだ。
参院選で示された民意をくむのは当然だが、バラマキではなく経済合理性に沿う振興策や格差縮小を追求するのが王道である。与野党とも徹底して改革を競ってほしい。
最新の画像もっと見る
最近の「農政 農業問題」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
2020年
2019年
2014年
2004年
人気記事