ハニカム薔薇ノ神殿

西南戦争の現地記者の歴史漫画を描いてます。歴史、美術史、ゲーム、特撮、同人誌の話他

他人の批判、気になりますか

2017年07月06日 | 雑記
新しい生活のリズムが始まって3か月
ようやく時間バランスがつかめてきました。
これがつかめると、どの程度で完成するかの目安ができるので
無理せず色々やれそうです。

創作活動、最近はすぐに反応がある一方で
叩きや批判も、互いに相手がどんな人か知らないまま
でも拒否反応だけは届く、そんなこともあるようす。


「他人の言うことなんて気にすんな
表現活動してたらアンチがいるのは当然だし
気に入らない人を消すことなんてできない」

まあそんな博愛精神の方もいらっしゃるかもしれませんが…


今日は「どうしても気にする」側の話です。


繊細さというのはある程度は持って生まれるものでしょうが
常に顔色を伺うようになるのは本人のせいではないです。
とか、いう私もいわゆるアダルトチルドレンです。自覚あるね。
まあだから、トラブルを極端に避けたい障害はありますよ。
でも平和な方がいいじゃん。格闘したけりゃゲームあるじゃん。
と思うけどな。


そんな中、やっと自分の言いたいことを言ってもいい方法
「言葉」を発しても絶対に追い出されない自由があった
それが創作だったと思います。

今、またいつものように
少年誌でのお色気作品が問題になってますが

私には「性を消費」という意味がイマイチわからない。
その人たち、作品読んで理解して言ってるんでしょうか?
それとも「目障り」だからでしょうか?
反射的に「目障り」だとするなら、その基準はどこの暴君が決めるんでしょう?
(かつてヒットラー総統はやりましたが)


今時は何をどう作っても
誰からかは批判され、聞かなくてもいいはずのそれを聞いてしまったり
「概念」でまとめられ、直接自分に言われてるのではなくても
自分に言われるように感じたりするとおもいます。

それでも
そうありたいとしてそうあること、また、そうあるべくして在ること
つまり「自然」を否定すぎる批判は
やがて一体誰によって構成され、誰がうまく生きれる世の中を作れるというのか。


社会的なニーズ
道徳やポリティカルコレクトネスだけがニーズではないし
存在自体は否定されるものではないですから。
それは許されないって人は
きっと誰かを守るなんて言いながら
この世から誰かを、自分の都合で駆逐するんじゃないかな。




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