水俣病研究の原田正純先生が2012年6月11日に亡くなられた。骨髄性白血病だった。享年77歳だった。
鹿児島県出身、熊本大学医学部卒、熊本大学助教授を経て熊本学園大学教授、晩年は熊本学園大学で「水俣学」を講じた。
お母さんの臍の緒(へそのお)を通じて水俣病の原因物質の有機水銀が胎児に行って(それまでは「行かない」と思われていた、お母さんの血液が胎児に行っていないためだ、)胎児水俣病になることを見つけた。
加害者のチッソ、国と被害者と比べると、圧倒的に被害者が弱い。そこで、原田さんは「中立とは、弱い被害者の立場を尊重することだ」として生涯、被害者に寄り添った。
宮本憲一先生らと水俣地域に調査に出かけた折、お世話になった。
で、弱い立場を尊重する、ということ、肝に命じていきたい。
原田先生、ご苦労さん、あちらで宇井 純さん等と駄弁って下さいね。
鹿児島県出身、熊本大学医学部卒、熊本大学助教授を経て熊本学園大学教授、晩年は熊本学園大学で「水俣学」を講じた。
お母さんの臍の緒(へそのお)を通じて水俣病の原因物質の有機水銀が胎児に行って(それまでは「行かない」と思われていた、お母さんの血液が胎児に行っていないためだ、)胎児水俣病になることを見つけた。
加害者のチッソ、国と被害者と比べると、圧倒的に被害者が弱い。そこで、原田さんは「中立とは、弱い被害者の立場を尊重することだ」として生涯、被害者に寄り添った。
宮本憲一先生らと水俣地域に調査に出かけた折、お世話になった。
で、弱い立場を尊重する、ということ、肝に命じていきたい。
原田先生、ご苦労さん、あちらで宇井 純さん等と駄弁って下さいね。
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