皆様、こんばんわ。福島のラッシャー板前こと望月清司(もちづきせいじ)です
桐光学園→昭和大学薬学部→いわきBB ポジション:LO、FL
ますはブログに書くと言っていて3週間も過ぎてしまったことをお詫びしたいと思います
キャプテンからの催促メールに
「ならばこの海も動かねばなるまい」という北斗の拳のシーンをイメージしながら
ケンシロウ並みに今パソコンを特打しております
遅くなってすいません。
先輩の市村さんのを参考に、自分もラグビーとの出会いについて。
自分は小学校から高校までサッカーをやっていました。ポジションはGKでした
川口能活や楢崎正剛を目指し、片道1時間半の私立高校に行かせてもらうよう
なんとか親を説得し、まさにサッカー一色の生活
しかししかし、大学に入学すると、すぐに富士山のふもとへバスで強制連行
昭和大学は医療系総合大学でも、数少ない全寮制をとっているのです。
気付けば一面、やま たに
標高は800mくらい 富士山の2合目にあたる場所です
もちろん空気も若干薄く、紫外線の量は東京の7倍だとか
しかし、‘男女’全寮制。。。。(注:寮自体は別です)
18歳そこらの男女が合計400人ほど(男女比ほぼ1:1)
富士山のふもとで1年監禁状態(新宿までも高速バスで2時間以上)
周りの遊ぶ場所といったら、河口湖か富士急ハイランドくらい
と、いうことは・・・・
当然この状況でやることといったら
ラグビーしかなーーーーい!!!!
と思える熱い男達は3人くらいでした
みなさま、思い思いに青春を謳歌され・・・・
富士吉田の一年生は、東京の本キャンパス(品川の旗の台)まで遠いし
一年生の間は『仮入部でいいよ』なんてルールがあったため
翌年の退寮時は400人中260人がカップルになるという
通称吉田マジックという伝染病に全員が見事にかかってしまったのです
ということで一年間はまったく、「部活」という枠組みからはずれていましたが
サッカー一筋だったしやっぱり何か部活に入りたいと思ったわけです
けれど昭和大学のサッカー部は色んな意味で物足りなかったので
昭和大学で最も盛んな3大部活(ラグビー・アメフト・アイスホッケー)の
どこかに入ろうと考えました。
しかしまた難題が・・・そう
東京の本キャンパスにグラウンドがなく
部活動はまたまた1時間半ほど離れた青葉台のキャンパスのグラウンドに行かなければならない
何にでも興味を示してしまう自分は、寮生活時代に始めたダンスも気になっていた
「わざわざ1時間半かけて、学校の実習が終わった5時から、週4回も部活???」
というハードルの高さに、大学生として自由を手に入れた自分としては悩みました。。。
悩んだ末に、何を血迷ったか、自分の兄に相談をする
自分「おれ、ダンスやってバイトとかやって大学生活を謳歌しようと思うんだけど、どう思う??」
当時、東芝府中に入社して2年目の兄
兄「っつうか、おれそうゆうお前の生活が全然おもろそうに見えへんわ」
という正反対の兄の意見を投げつけられ更に悩まされる
結局、「オンもオフもメリハリやろ」という兄の言葉に動かされ、
大学2年からラグビーを始めたのでした
しかし今ではラグビーをやって良かったと思います
初心者からのスタートでしたので、4年の最後まで他の経験者の苦虫を噛んでいましたが
結果的に、公式戦でレギュラーを勝ち取ることができました
ひょんな事からいわきBlue Bravesにお世話になっております
今年の3月から一年ぶりにラグビーやりましたが、
やっぱりラグビー楽しい!
市村さん、部員として迎え入れてくれたいわきBlue Bravesの皆様、ありがとうございます。
中々筋トレの時間を確保できない事が今は一番の悩みですが
今年は県総体2度目の優勝、秋の福島県クラブ選手権優勝奪還、そして来年は東北クラブ選手権優勝を目指してチームに貢献していきたいと思っております
最後に、周りの方たちに乗っかりまして
自分の車、燃費悪くていわきまで大変です
諸橋さん、燃費のいい車、譲ってください!!
桐光学園→昭和大学薬学部→いわきBB ポジション:LO、FL
ますはブログに書くと言っていて3週間も過ぎてしまったことをお詫びしたいと思います
キャプテンからの催促メールに
「ならばこの海も動かねばなるまい」という北斗の拳のシーンをイメージしながら
ケンシロウ並みに今パソコンを特打しております
遅くなってすいません。
先輩の市村さんのを参考に、自分もラグビーとの出会いについて。
自分は小学校から高校までサッカーをやっていました。ポジションはGKでした
川口能活や楢崎正剛を目指し、片道1時間半の私立高校に行かせてもらうよう
なんとか親を説得し、まさにサッカー一色の生活
しかししかし、大学に入学すると、すぐに富士山のふもとへバスで強制連行
昭和大学は医療系総合大学でも、数少ない全寮制をとっているのです。
気付けば一面、やま たに
標高は800mくらい 富士山の2合目にあたる場所です
もちろん空気も若干薄く、紫外線の量は東京の7倍だとか
しかし、‘男女’全寮制。。。。(注:寮自体は別です)
18歳そこらの男女が合計400人ほど(男女比ほぼ1:1)
富士山のふもとで1年監禁状態(新宿までも高速バスで2時間以上)
周りの遊ぶ場所といったら、河口湖か富士急ハイランドくらい
と、いうことは・・・・
当然この状況でやることといったら
ラグビーしかなーーーーい!!!!
と思える熱い男達は3人くらいでした
みなさま、思い思いに青春を謳歌され・・・・
富士吉田の一年生は、東京の本キャンパス(品川の旗の台)まで遠いし
一年生の間は『仮入部でいいよ』なんてルールがあったため
翌年の退寮時は400人中260人がカップルになるという
通称吉田マジックという伝染病に全員が見事にかかってしまったのです
ということで一年間はまったく、「部活」という枠組みからはずれていましたが
サッカー一筋だったしやっぱり何か部活に入りたいと思ったわけです
けれど昭和大学のサッカー部は色んな意味で物足りなかったので
昭和大学で最も盛んな3大部活(ラグビー・アメフト・アイスホッケー)の
どこかに入ろうと考えました。
しかしまた難題が・・・そう
東京の本キャンパスにグラウンドがなく
部活動はまたまた1時間半ほど離れた青葉台のキャンパスのグラウンドに行かなければならない
何にでも興味を示してしまう自分は、寮生活時代に始めたダンスも気になっていた
「わざわざ1時間半かけて、学校の実習が終わった5時から、週4回も部活???」
というハードルの高さに、大学生として自由を手に入れた自分としては悩みました。。。
悩んだ末に、何を血迷ったか、自分の兄に相談をする
自分「おれ、ダンスやってバイトとかやって大学生活を謳歌しようと思うんだけど、どう思う??」
当時、東芝府中に入社して2年目の兄
兄「っつうか、おれそうゆうお前の生活が全然おもろそうに見えへんわ」
という正反対の兄の意見を投げつけられ更に悩まされる
結局、「オンもオフもメリハリやろ」という兄の言葉に動かされ、
大学2年からラグビーを始めたのでした
しかし今ではラグビーをやって良かったと思います
初心者からのスタートでしたので、4年の最後まで他の経験者の苦虫を噛んでいましたが
結果的に、公式戦でレギュラーを勝ち取ることができました
ひょんな事からいわきBlue Bravesにお世話になっております
今年の3月から一年ぶりにラグビーやりましたが、
やっぱりラグビー楽しい!
市村さん、部員として迎え入れてくれたいわきBlue Bravesの皆様、ありがとうございます。
中々筋トレの時間を確保できない事が今は一番の悩みですが
今年は県総体2度目の優勝、秋の福島県クラブ選手権優勝奪還、そして来年は東北クラブ選手権優勝を目指してチームに貢献していきたいと思っております
最後に、周りの方たちに乗っかりまして
自分の車、燃費悪くていわきまで大変です
諸橋さん、燃費のいい車、譲ってください!!