テン・ツク・ポン・テケ・テン・ポン
怪談『大絵図』
ようこそのお運びでございます。
日本の夏に欠かせませんのが、昔から怪談
噺となっております。
「こう暑いとなんだな、うちわぐらいじゃ
追っつかないな」
「ひゃーっと冷たい風が吹かねぇかな」
「クーラー入れたらいいだろう」
「それじゃあ、情緒ってもんがねぇだろ」
「じゃあ、寄席に行って怪談噺を聞こう
じゃねぇか」・・とまぁ、
こうなる仕組みでございます。
大阪夏の陣から早や数年、幕府の置かれ
た江戸はいよいよ発展し、世はすっかり
徳川の時代になりましたようで・・。
徳川の世になったとはいえ、天下は隅か
ら隅まで安定した・・
というわけにはまいりません。
まだ、全国のいたるところに豊臣恩顧の
大名がおりましたし、
関ヶ原合戦や大阪夏冬の陣で禄を失った
浪人がうようよしておりました。
季節はちょうどいまごろ、蒸し暑い夜で
ございます。
江戸城奥の老中溜まり場では「全国大名
領地一覧大絵図」の書き換え作業をやっ
ております。
これは、毎年、領地移封やお取り潰しな
ど、大名の世界もけっこうリストラや人
事異動がありますので、
データを常に更新しなければなりません。
おりしも四人の老中が額を寄せあって、
畳 3 枚分ぐらいの大きさもある「大絵図」
を囲んで、大名の名前を書き換える作業を
しておりました。
ひと通り書き換え作業が終わり、・・さて、
大名の総数に間違いがないかどうか数える
段になりますと・・・。
この日は、どうしたわけか何度数えても、
・・数が合わない・・。
それも一つや二つではなく、十も二十も
ズレが出てくるというわけで・・。
老中A「きょうは、妙でござるな・・?
こんなに数が合わないということ
は・・? 」
老中B「各々方、少々疲れたのではござら
ぬかの ? 」
老中C「昼からぶっ通しでござるからな、
もう夜更けでもあり、この辺で休
息といたしては、如何でござろう」
老中D「それがいい。
・・だが今夜は妙にじとっとして
うす気味悪い晩でござるの 」
老中A「よしっ、これより一人ずつ順番に
数え役をいたそう。
最初は拙者がやる。各々方はまず、
控えの間で休息を取られよ 」
老中B「かたじけなく存知候・・。
わしゃ、眠い・・ 」
「では、お先にごめん 」というわけで、
三人の老中が控えの間に休息を取りに引き
下がります。
老中溜り場から控えの間までは、長くて暗
い廊下をいくつも曲がって行きますが、・・
所々に壁掛けの行灯(あんどん)が、ぼんやり
とあたりを照らしているだけで、
あたりは、しーんと静まり返っております。
時は、草木も眠る丑(うし)三つ時・・。
どこか遠くの寺で鳴らすのでしょうか、
鐘の音が陰に隠(こも)って・・ご〜〜〜ん
老中A「明日は、上様に差し出さねばなら
ぬからな・・」
・・と気を取り直して「大絵図」の前に座
りますと、・・・部屋の周りの襖(ふすま)が
かすかにカタカタと揺れる音がします。
「はて、地震かな・・」と不審に思いつつも、
絵図の上を北から順番に一つ二つと数え始め
ます。
・・南の端まで数え終わると二百三十と出ま
した。
「よしっ、こんどは南から数えてみよう 」
・・とやはり一つ二つと数え始め、
・・やっと北の端まで数え終わると、なんと、
二百五十・・と完全に狂った数になります。
老中B「A殿は、ずいぶんと遅うござるな 」
・・とそのとき、部屋全体がゆさゆさと揺れ、
太鼓の音がドロドロ・・・
老中B「よしっ、身供(みども)が様子を見て
参ろう 」
・・と老中Bが席をたち、先ほどの
部屋に向かいます。
ですが、・・行ったきり、戻っては来ませ
ん・・・。
・・で、またしても部屋全体がゆさゆさと
揺れ、太鼓の音がドロドロ・・・
老中C「妙だな・・・。
では、拙者が見て参る 」
・・と出て行きますが、この人も行ったき
りで・・・
またしても部屋全体がゆさゆさと揺れ、
太鼓の音がドロドロ・・・
老中D「どうも様子が尋常(じんじょう)では
ない ?よしっ、もう我慢ならぬ 」
と、急いで先ほどの部屋に駆けつけざまに
襖を開けて、あっ !! と息を呑んだ。
・・なんと、先ほどの「大絵図」の中に
老中Cの体が半分ほど引きずり込まれ、
足だけがむなしく空にもがいております。
老中D「もしっ、いかがなされた !!? 」
・・急いで足を引っ張ってみるのですが、
ものすごい力で引きずり込まれており、
何ともしようもありません。
みるみるうちに老中Cの身体は、
「大絵図」の中に消えてしまった・・・
老中Dが、恐るおそる「大絵図」を
めくって見ると、その下は畳だけでして、
大きな穴など開いておりません。
絵図にも穴など無く元のままでございます。
老中D「さても奇怪なことがあるものよ !? 」
・・とその場に呆然(ぼうぜん)と立ちすくん
でしまいました。
・・と、その時、背後にものすごい殺気を
感じ、おもわず脇差しの柄(つか)に手をかけ、
振り向いたとたん・・
「おおおっ・・ !!! 」
・・あとは声にならなかった。
背後の大襖(ふすま)はすべて消えて無くなり、
その向こうの薄暗い大広間には数百の・・
いや、無数の鎧(よろい)武者達が、無気味に
光る目で、一斉に、じ〜っとこちらをにらみ
つけております・・。
そして、その鎧武者達の中ほどに白装束に
ざんばら髪の男女が二人、青白い顔につり
上がった目で刺すように老中Dを睨みつけ
ております。
「もしや、・・秀頼公と淀の方の怨霊 !! 」
と思うまもなく、老中Dの体は金縛(しば)り
になり、そのまゝ、つ---っと宙に浮いたと
みるや、その状態で大広間の鎧武者達の中
にす---っと吸い込まれて行った。
さあ翌朝の江戸城内は大騒ぎでございます。
老中溜まり場には、裃(かみしも)を着た四人
の老中の白骨死体があったのですから。
さらに、例の「大絵図」中の全国大名領地
は全て、豊臣方の大名の名前に書き換えら
れていたそうで・・・。
この一件は、表沙汰にはされませんでした
が、怖〜い話として秘かに語り伝えられた
そうにございます。
例の「大絵図」はその後、豊臣神社に奉納
されましたとか、
・・巷(ちまた)の噂(うわさ)でございます。
お後がよろしいようで・・・