フィンランド建築・デザイン雑記帳

1970年代、スウェーデン大使館、フィンランド大使館の思いで



先日、建築家・樋口清先生が建築雑誌「新建築」の英語版「the japan architect, March 1961」に寄稿された記事「Restore Man and Nature to Architecture ! - An Appeal for Organic Architecture-」続編を探していて、同じ号にスウェーデン大使館の建築記事を見つけた。

随分と昔の事で、記憶は頼りないのだが、写真を見ると1970年代に何度か訪れた大使館の建物のように思う。 
当時、僕は大学を卒業した後、フィンランドかスウエーデンの建築設計事務所で働くことを計画していた。 
現代のようなインターンシップ、就業体験の仕組みなどはなく、その道は自分で開拓するしかなかった。 
スウエーデン建築家協会(SAR)やフィンランド建築家協会(SAFA)の会員名簿を入手し、同じ文面の便りを何十通も書き、これはと思う事務所へと出した。
1970年代、今から40年以上も前の事である。
 
麻布のスウェーデン大使館や六本木のフィンランド大使館には、懐かしい思い出がたくさんある。

フィンランド大使館は現在の場所、広尾ではなく、六本木の坂の上にあった。 
六本木の交差点から溜池方向に少し歩いて右に折れ、細い急な坂道を登っていくと、フィンランド大使館の建物が見えてきた。
六本木の大使館の敷地と広尾にあった麻布プリンスホテルの敷地は等価交換で、六本木には黒川紀章の設計で六本木プリンスホテルが建ち、フィンランド大使館は広尾に移転した。

昔のメモには、「フィンランド大使館は、昭和57年 (1982年) 10月12日に麻布プリンスホテル跡の仮大使館へ移転。 以後、約11か月間、大使館は仮施設にて執務」とある。

現在の大使館は1983年にフィンランド建設庁 (Rakennushallitus) の設計により建設された。
2008年には、新たな大使館の建物を建設すべく、設計事務所6社による「指名コンペ」が行わた。 結果は、タンペレ工科大学出身の、ラハデルマ・マハラマキ(Arkkitehtitoimisto Lahdelma & Mahlamäki)の事務所が見事、コンペに勝利した。
フィンランドでは、設計コンペに勝利しても、建物が実現されるとは限らない。 
作品が資金難のため実際に建設されないことも多く、東京の大使館も、今だに実現に至っていないのは、とても残念 である。


Photo : Quoted from: SAFA website
コンペで勝利したラハデルマ・マハラマキのフィンランド大使館案

ちなみに、1983年は日本とフィンランドにとって画期的な年でもあった。
この年の4月、フィンエアーの成田~ヘルシンキへの直行便が就航し、日本 - フィンランド間の新たな時代が幕を開けた。

フィンランドやスウェーデンの大使館には、随分お世話になった。 
北欧の大使館の人たちは皆、親切で、親身に色々とアドバイスしてくれた。
昨今の大使館のセキュリティの厳しさには驚いてしまうが、この時代は、どこの大使館も実におおらかで家庭的な雰囲気をもっていた。 
大使館を訪問する場合、現在のように閉じられた門扉越しにインターフォンで用件を告げ、安全確認の後、扉が開くという様なことは無かった。
訪問者は自由に大使館に入館できたし、受付担当者とガラス越しに会話する事などなく、直ぐに担当者の部屋に通してくれた。

雑誌に掲載されているスウェーデン大使館の記事によると、
建物の設計は、ニルス・アーボム (Nils Ahrbom, 1905-1997)で、インテリアデザインは、著名な家具デザイナーでもあるカールアクセル・アッキング (Carl-Axel Acking, 1910-2001)である。

アーボムはスウェーデン王立工科大学(Royal Institute of Technology)の教授で、ヘリヤ・ゼムダアル(Helge Zimdal, 1903-2001) と協働して仕事をして、多くの工場、講堂、美術館を設計した。 アーボムの最も優れた業績は学校建築で、彼の作品はスウェーデン学校建築の新時代の基盤を築いたといわれている。

インテリアデザインを担当したカールアクセル・アッキングは、アスプルンドの事務所でインテリアや家具デザインナーとして活躍した人で、ストックホルムの「森の墓地(森の火葬場)」やイェーテボリの市庁舎を担当した。 
1959年、このスウェーデン大使館の為に、”Tokyo Chair”というアームチェアーをデザインしている。

1階には広々とした中庭に面したホール、図書館、リビングルーム、ダイニングルームがある。 建物の東、西、そして南側には、広いテラスがある。
1階の東翼は、執事のための部屋、キッチン、食料品室などがある。
2階はプライベート空間である。

「前川國男・弟子たちは語る (建築資料研究社 2006年刊)」という本は、前川國男の事務所に勤務した弟子たちの事務所の想い出を綴った本だが、本の中に所員だった川上玲子氏がスウエーデン大使館のインテリアについて語っているページがある。
川上さんは1960年代に前川國男建築設計事務所に勤務され、スウエーデン大使館の工事では、インテリアデザインの補助をされている。

先日、川上玲子氏とお話しする機会があり、昔のスウェーデン大使館についてお聞きした。
昔のスウエーデン大使館の設計・監理は、ニルス・アーボム+前川国男建築設計事務所で、川上さんは、インテリアデザイナーのカールアクセル・アッキングの補助をされたとの事。
スウェーデンやアッキングの仕事には、とても魅せられ、その工事がきっかけとなり、スウェーデンに留学されることになったそうだ。




「新建築」の英語版「the japan architect, March 1961」



右ページ、公邸と事務所棟をメインゲートからの眺める


左ページ上の写真:リビングルーム。 左ページ下の写真:ダイニングルーム、並んでいるのはカールアクセル・アッキングの”Tokyo Chair”である。
右ページ上の写真:リヴィングルーム。 右ページ下の写真:ホール、階段。


左ページ上、左の写真:1階の書斎。 左ページ上、右の写真:事務所棟の1階のラウンジ。
左ページ下の写真;事務所棟 1階のギャラリー。
右ページの写真: 公邸南側。


スウェーデン大使館配置図。
配置図下側が事務所棟、上側が公邸。

現在の大使館は建築家のミカエル・グラニート(Michael Granit, 1930-2019)の基本設計、入江三宅設計事務所が実施設計を担当し、1991年に建築された。
規模は、地下2階地上8階の鉄骨鉄筋構造の巨大な建物。 
小規模で家庭的な雰囲気をもつた旧大使館とはかなり違うが、館内に展示ホールやオーディトリウムも併設されていて、様々な集会やイベントに利用されている。

【写真・撮影】 管理人。
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