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イッタラの 「i」マーク。 比較的きれいにシールが残っているガラス皿を選んで写真を撮ってみた。
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30年近く、朝食で使っているイッタラのガラスボウル。
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毎朝、毎朝使って、 毎回、毎回かなり乱暴に洗っていた皿。 改めて眺めてみて、「i」シールは摩耗しているが、いまだに 健在なのには驚いてしまう。
1970年代、イッタラのガラス製品などを購入しようとすると、扱っている店は少なく、購入するのは一苦労だった。
僕は、自分達の結婚式の引き出物にイッタラの 「タピオ・ウィルカラのグラス, Aslak」 を加えたくて、実現までには、とても苦労した思い出がある。
たしか当時、イッタラは吹田貿易が輸入元で、東京では、銀座のデパート、松屋ほか数店舗のみしか扱っていなかった 。
今では殆どのデパートや輸入雑貨専門店でイッタラの製品を購入できるし、インターネットで 「イッタラ」と検索すると、驚くほど多くの店舗が現れる。
イッタラの 「i」マークは、昔からフィンランドファンにとっては、憧れの的だった。
「i」マークは、フィンランドのデザイナー 「ティモ・サルパネバ」 の作品であることは、ファンの間では知られていた。
このマークが、デザインとして秀逸でインパクトがあることは勿論だが、それ以上の何かが人々の心に響くような気がしていた。
もう45年以上前の建築雑誌 「SD」に、建築家 浅田孝とインダストリアルデザイナー 栄久庵憲司の「フィンランドデザイン」についての対談がある。
対談のなかで、イッタラの 「i」シールのことを取り上げていた。
興味深く、面白い記事なので、一部抜粋して紹介しよう。
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「SD」1974年12月号 特集=「フィンランド・デザイン 自然と人のふれあい 」
SD (Space Design) 1974年12月号
建築家 浅田孝とインダストリアルデザイナー 栄久庵憲司の 「フィンランドデザインについて」の対談から一部抜粋
(フィンランド貿易協会が主催したツアーに参加され、実際に色々な体験、イッタラの工場なども見学された・・・)
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栄久庵---イッタラの硝子に<i>という字が貼ってあるでしょう。 だいたいシールなんていうものは買ったら取りたいのが普通ですよね。 しかしあの工場で見たときに、一事が万事と思ったのは、あの硝子に対して女の子が小さなシールを目で見つけたところに手で貼るわけでしょう。
浅田---ここぞというところにね。
栄久庵---ええ、パチッと貼っているわけですよ。 なぜ取る気にならないかということが不思議だったんです。 ところが行って見ると、なるほどこれは取れないはずだ一期一会じゃないけれど、サインを壺のうしろにすると同じような意味で、その女の子に至るまでそういう精神に関与していたということ。 だから一つの行為を通じて全体が分かるような感じです。
家具のディスプレーを見ても、それから案内の人も、ノーハウを発見して楽しんでいる。
浅田---特殊な財産をつくるとか、特殊な投資財をつくろうという考えじゃないとないと思うんですね。 イッタラのマークを貼っているなんていうのは、旦那が朝出かけるときにチュッとキッスするような調子で貼っているわけですよ。
送り手の一つのサインを消費者に対して送っているんですね。 よかったら長く使ってくれというような、きっとキスマークですね。
栄久庵---そうですね、あの現場を見ると確かにキスマークという感じですね。
浅田---つまり一番根源的な物と人間とのダイアローグが、物をつくり送り出すフェースからそれを使うフェースまで、メッセージがコンティニュアスに伝えられる、そこに秘密があるんじゃないかという感じが僕はしましたね。
栄久庵---たとえば人間間のスキンシップというのがあるでしょう。 ところが産業を通じてみると、物という媒体を置きながら意外と自然とか物の世界に対するスキンシップのお作法があるみたいですね。
浅田---それは人間がどこまで自然であり得るかということできまるわけですね。
バランスのとれた健全な肉体的な活力というものがうまくマッチしている自然人だろうと思うんです。
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改めて我が家のイッタラガラスを眺めると、長年の酷使 (時々、漂白剤に浸けたり、ブラシで洗ったり・・・)で、大半のガラス器の 「i」シールは、剥がれてしまったり、色が飛んでしまったりで、完全に残っているのは少なかった。
対談の中で書かれているようにふつう、多くの人が、製品のシールなどは、値札を剥がす感覚で、買ったらすぐに取り去ってしまう。
僕自身かなり、ハガシ魔的なところがあり、電気製品など購入後、会社のロゴマークから、取り扱い説明の 「警告・注意ラベル」 まで剥がしてしまい、家族に怒られる。
イッタラの 「i」シールは、不思議と自分から取り外したりしたことはなかったし、取り外したいと思ったこともなかった。
他の人から見ると、あんなシールを剥がさないで使っているなんて、理解できないよ ! バカじゃないの ! と思われるかもしれないが、
当時、フィンランドファンやデザイナー仲間の間では貼ったままにしておくのが常識で、僕も何の疑問もなく「i」シールは、剥がさなかった。
このブログを機に、フィンランドの建築家やデザイナー達にイッタラのシールについて聞いてみた。
彼らの大半は、「i」シールに思い入れがあるわけではなく、特に気にはしていないけど、自分で剥がすことはしない。 との事だった。
「i」マークのデザインが、あの巨匠 ティモ・サルパネバだということは最初、何年も知らなかったが・・・・剥がさないのは、なぜだろうと考えてしまう。
やはりこれは、ティモ・サルパネバとイッタラ工場の女の子が仕組んだ魔術 「一期一会のキスマーク」なのだろうか ?