これの根本には「神天上の法門」という考え方があり、法華経の法味が無くなると、諸天善神は国を捨て去ると考え、法華経のみを信じる事で、諸天は法味を得られるし、ましてや諸天や諸仏などは本尊としてはなり得ないという、まあ大石寺にあったとされる考え方を踏襲しての事だと言われています。
牧口会長が戦中に逮捕され、投獄、そして獄死したキッカケも、実はこの謗法払いにあった事の詳細を、創価学会の中でもあまり知られていません。しかし特高尋問調書や、その当時の記録を拝見すると、その概要が見えてきます。
要は創価教育学会に、新入会したご婦人がいて、その家の主人がいない間に、その家に安置されていた神棚を破却、謗法払いをしたことで、この家の主人の逆鱗にふれて告発されたと言います。
またこれ1軒だけならまだしも、実は多くの家で同様な事をやり、創価教育学会の内部でもそれを快く思っていなかった会員からも、特高警察に密告が入り、結果として特高警察が動き出したのが、逮捕のキッカケでもあった様なのです。
「神棚を祀るなんてとんでも無い!これは大謗法だ!」
多くの創価学会の会員であれば、当然の事思うでしょう。しかし例えば重須本門寺(大石寺の近所)は、日興師が晩年まで門下を育成した古刹寺院には、天照大神の垂迹堂がありますし、日興師の弟子であった日郷師が創建した小泉久遠寺(富士宮市)にも大黒堂があったりします。これは何れも日興門流の寺院です。
また日蓮か亡くなった場所の池上本門寺や富木常忍(後の日常師)の開いた中山本門寺にも鬼子母神や大黒堂というのが存在します。
考えてみたら日蓮門下の多くの創建寺院において、日本の古来からの神々を祀る御堂があるということを考えた時、果たして私達が教えられてきました「謗法」という概念が正しかったのか、そこについても考えなければならないのではありませんか?
実は昔の大石寺には、宮社があったと聞いています。なんでも創価学会と共になってから破却されたもので、もともと大石寺にもそういった社はあったと言うのです。まあこちらについては、事実確認は私自身の今後の課題だと思いますが、周辺にある日興門流の古刹寺院の状況を鑑みると、それもあったと思えてなりません。
そもそも日蓮の考えていた謗法とは何なのか。それについては唱法華題目抄に書かれていたので、紹介します。
「此の経を信ずる者の功徳は分別功徳品随喜功徳品に説けり謗法と申すは違背の義なり随喜と申すは随順の義なりさせる義理を知らざれども一念も貴き由申すは違背随順の中には何れにか取られ候べき、」
ここで「謗法とは違背の義」とあり、法華経の心に違背する行動を謗法と呼び、法華経の心を知り随喜するのは「随喜とは髄順の義」と呼んでいます。だから法華経の心を理解するのか、出来ないのか、そこに謗法の線引きがある訳であって、日本古来からの諸尊を大事にする事を謗法とは呼ばないという事になります。
しかし勿論、例えば阿弥陀如来こそが仏であり、法華経の心を蔑ろにするとか、梵天や帝釈天、その他諸々の諸尊を一番に考え、そこに法華経の心が無くなれば当然、日蓮の云う謗法という事にはなるでしょう。当たり前の事です。
要は見える形として、他の諸尊があったとしても、それだけを見て「貴方は謗法をしている!」と断言できる訳ではなく、その人の心の中がどうなのか、そこにこそ本来の謗法というのが存在するわけです。
因みに過去に創価学会では「地涌からの通信」で、江戸時代の大石寺貫首の日精師が釈迦仏像を造立したことに対して、まるで鬼の首を取ったが如く扱い、大石寺の過去の非法行為の様に扱っていましたが、同じく唱法華題目抄で、日蓮門下の本尊観について、以下の様にありました。
「本尊は法華経八巻一巻一品或は題目を書いて本尊と定む可しと法師品並に神力品に見えたり、又たへたらん人は釈迦如来多宝仏を書いても造つても法華経の左右に之を立て奉るべし、又たへたらんは十方の諸仏普賢菩薩等をもつくりかきたてまつるべし、」
ここで本尊とは法華経や御題目を本尊とする事を述べていますが、「たへたらんは」と言い、余裕があれば釈迦仏や多宝仏、諸仏普賢菩薩等の仏像を置くことも可としています。これを言うと文字曼荼羅を顕して以降は、文字曼荼羅を本尊とすると言うのでしょうか、では何故、文字曼荼羅を顕して以降の四条金吾が、釈迦仏を造立し、その開眼供養を日蓮にお願いした時、日蓮はそれを快く受けたのでしょうか。
私はここで、だから仏像でもなんでも本尊にして良いという事は言いません。しかし戦後七十年以上経過したいま、創価学会が主張してきた謗法というのは、どうだったのか。また本来日蓮が説いた教えの意義を考えた謗法とは何だったのか、そこについても考え直す時期なのでは無いかと考えているのです。
日本人の精神土壌は紛れもなく「アミニズム(精霊)信仰」に近いものがあります。八百万の神々という言葉と、街の中のあちらこちらにある祠等を見ても、私はその様に感じているのです。そこに対して過去に大石寺や創価学会が行ってきた「謗法払い」という行為。実は日本人に取って大事な精神文化を破壊してきた事になりはしないかと考えたりもするのです。
単に僧侶からそう指導された、大幹部からそうやれと言われた。それだけで納得して随順していれば良いという時代は、とうに終わっているのではないでしょうか。
日本の文化についても、よくよく考えてみたいものです。