私はいま、唱法華題目抄を独学中です。
以前に法華講からは「御書は勝手に読んではいけない。我見が入る。読むなら血脈付法の御法主猊下に連なる、ご僧侶のご指導を拝して読むべきである」なんて言われました。
いやいや、御書なんて日蓮が信者や門下に送ったお手紙だし。それを読むのに他人の解釈や講義が必要なわけないでしょう。それとも日蓮は、お手紙を出す際に講義役を任じて、それぞれに手紙を出す毎に講義させたんですか?
なぜこうも形式に拘って、物事の本質を理解しようとしないのでしょうか?
だから「信者」と書いて、「儲け」と呼ばれるのではありませんか?
やはり今の時代、日蓮を語るなら先ずは自分自身で、その日蓮の手紙を読み込まないと、彼が何を主張したかったのか解らないでしょう。もっと気軽に読んでみたら良いのに、とか思ってしまいます。
所で最近の世相ですが、どうも鎌倉時代に相似性がある様に思えるのですが、皆さんはいかがでしょうか。日蓮が生きていた時代、それは承久の乱の後、世の中が本格的な武家政権になろうとした時代でした。
それまでの統治者は基本的に朝廷(王家)を中心とした公家でした。初めて武家でそこに食い込んだのは、平安中期以降に勢いを増した平家でしたが、その平家も武家から公家化して、日本の既存の統治機構によって政権運営を行っていたのです。そういう事からみても、鎌倉幕府の時代から武家政権というのは始まったも言ってもよく、日本国内は新たな統治機構のもとて、まだまだ混乱の時代であったとも言えるでしょう。
今の日本も55年体制という、戦後の体制が壊れて二十年以上経過しました。そして小泉自公連立政権が、規制改革の名のもと日本の既存の利権構造を破壊、日本は市場原理主義の元で動き出しました。そしてそれが今の日本社会を作っていると言っても良いでしょう。
だから今の時代は、私の世代の親の時代とは異なった社会構造になっているわけで、昔には通じたであろう常識が通用しない社会になってます。
こんな時代になると、まあ宗教の世界もおかしくなるものです。日蓮の時代、これは鎌倉時代ですが、幕府の文化政策として京の都に負けない文化都市にしようと、兎に角、僧侶を鎌倉の都に呼び込み、寺院を多く建立しました。
しかし日蓮の生きた時代、日本では様々な災害が立て続けに発生した時代でした。大地震、飢饉、疫病その他諸々。本来なら統治者は、人々の生活に目を向けなければならない。幕府としては民草を労らなければならないのに、それを差し置き寺院を建立し続け、仏教界への優遇は続けた様です。
そして仏教界も、そんな幕府の姿勢に上手く乗り、政権中枢まで食い込んでいた事なのでしょう。
日蓮は立教開宗当時、主に念仏宗に対して容赦ない攻撃をしていましたが、これは恐らく当時の鎌倉仏教界の中でも、念仏宗が一番力を持っていたからではないでしょうか。
例えば日蓮に対して、生涯に渡り立ちふさがったという忍性房良観は、律宗の僧侶でした。しかし鎌倉仏教界で実権を握ることを確かなものにしたのは、念仏宗の鎌倉の頭目との折り合いがついたからだと言われています。これについては、追々書いていきますが、それほど当時の念仏宗には力があったのです。以下にその歴史の一端を紹介します。
弘長2年(1262年)北条時頼の要請により東下してきた叡尊に謁する。病気がちの叡尊に代わり授戒をおこなう。鎌倉の念仏者(浄土教系)の指導者念空道教が叡尊に帰依したことで、忍性が鎌倉の律僧・念仏僧の中心的人物となる。
だから立正安国論でも、徹底して念仏宗を責め立てていたのでは無いかと思うのです。
では現代の日本はどうかと言えば、言わずとも判るように、創価学会が公明党という政党を利用して、日本の政権中枢に入り込んでいます。そして創価学会は、この権力機構に入り込むことで、自分たちの利権を守っています。またその為に会員たちをうまく利用して、選挙活動に走らせ、自民党との協力関係の元ネタにしていますよね。
日蓮を語る宗教団体が、こんな体たらくというのは何かの冗談かとも思えますが、それが現実の姿なのです。
どうでしょうか、皆さん。自公連立政権になり、規制改革を進めた結果の日本は、果たして以前よりも良い社会になったでしょうか?
そういう事を考えなければならないのではないでしょうか。
最近では消費税増税の緩和策として「軽減税率」を率先して導入したのも公明党です。以前には「消費税は悪だ」というスローガンを掲げていたにも関わらず、消費税は現在10%になりました。安保法制では今までの主張を覆した結果、創価学会の会内で真面目に考えていた人達の中には、幻滅を感じた人も多くいたでしょう。しかし彼らに対して「共産党の手先」という様な事を、組織の中で弘めています。
こんな時代だからこそ、日蓮を学び直さなければならない。そして日蓮は何を考えていたのかを振り返る必要があるのです。
この件については、これからもちょくちょくと書き連ねていきますので、よろしくお願いします。