自燈明・法燈明の考察

立正安国論について④

 前の記事では立正安国論に引用される経典を、現代に展開しても意味がないという、これはあくまでも私の私見を述べさせて頂いたものですが、そうなると立正安国論には、どの様な意味があるのでしょうか。それとも現代になっては何ら意味を為すものでは無いのでしょうか。

◆新たな展開だったのか
 この事をよくよく考えてみると、国家鎮護三部経について、日蓮の視点に立った新たな引用とも読み取れます。何故ならば、従来であれば、例えは金光明経等も儀式として講義をされていました、そしてそれぞれの経典の経文にある「この経」というのは、それぞれが自分の経典、例えば金光明経なら金光明経、仁王経ならは仁王経という具合に、それぞれの経典に功力があると考え、だからそれぞれの経典を、修法の中心として扱ってきました。しかし日蓮は、引用する経典にある「この経」というのを、全て法華経として位置づけ、解釈を加えたのです。つまり爾前経は須らく法華経の説明書として位置づけし、その考え方を立正安国論で展開したのです。つまりここで示されたのは、大乗仏教とは、法華経を中心とした体系であり、その法華経の思想こそが、国家鎮護にとって極めて重要なものである事を、示したと言えるでしょう。

◆何故法然を責めたのか
 また立正安国論では法然の広めた浄土宗を徹底して責めていますが、何故この様に浄土宗を責めたのか。これには様々な解釈があります。例えは「他力本願は仏法の精神ではないから」とか「仏に依存する考え方を否定するため」等など。しかしそこについて、日蓮は安国論で以下の様に語っています。

「而るを法然の選択に依つて則ち教主を忘れて西土の仏駄を貴び付属を抛つて東方の如来を閣き唯四巻三部の教典を専にして空しく一代五時の妙典を抛つ是を以て弥陀の堂に非ざれば皆供仏の志を止め念仏の者に非ざれば早く施僧の懐いを忘る、故に仏閣零落して瓦松の煙老い僧房荒廃して庭草の露深し」

 日本の仏教には、伝教大師等が中国から持ち帰った様々な仏典があり、特に桓武天皇の時代には比叡山延暦寺を国家の根本道場と定め、天台宗による法華経を中心とした仏教が確立しました。しかしその後、法然が念仏を広めると、またたく間にその教えは広がり、この浄土宗の念仏こそが仏教の中心であるかの様な有様になり、国内の寺院も念仏宗以外は衰退したと言うのです。

 確かに当時の鎌倉仏教界に於いても浄土宗の勢いは相当なものであった様です。日蓮の生涯の宿敵でもある忍性房良観が、鎌倉仏教界で足場を固める決定打となったのは、鎌倉の念仏者(浄土教系)の指導者念空道教が良観の師匠である叡尊に帰依したことで、それにより良観が鎌倉の律僧・念仏僧の中心的人物となったのです。これを見ると当時の念仏宗の勢いが判ると言うものです。また日蓮の師匠である道善房も、阿弥陀如来の仏像を造った事を、後に日蓮が指摘した言葉も残っています。清澄寺といえば天台宗の古刹寺院にあるにも関わらず、そこにも念仏宗は影響力を与えていたのです。

 日蓮は、この念仏宗が広まり勢力が大きかったという事ではなく、その開祖である法然が、中国の善導和尚の言葉をそのまま広めたこと、つまり法華経は末代の人々の機根に合わないから、閉じよ!捨てよ!さしおけ!抛て!という教えを責め、その浄土宗が鎌倉時代の仏教界に多大な影響力を持っていた事から、立正安国論で取り上げ責めたのではないでしょうか。

◆日蓮が求めた姿
 日蓮は法華経を中心とした仏教の確立を、この立正安国論で求めました。またそこでは謗法への布施を止めることも求めています。歴史に「もし」というのは無いと良く言われますが、ではもし幕府がそれを認め、念仏宗を初めとする他宗派への布施を止めて、日蓮を評定の場や調伏の祈祷を依頼したら、果たして日本は安寧になったのでしょうか。

 僕はならなかったと思います。何故ならば、仏教を国家鎮護の教えとして捉えたのは日本独自の考え方であり、中国やインドに於いても国を守るための宗教という捉え方は成されてません。そしてその思想を下敷きにした立正安国論ですから、例え幕府が日蓮の言葉を聴き、その通りにしたとしても、二月騒動はあったであろうし、元寇も起きていたと思うのです。

 では日蓮の諌曉は無駄であったのか。そこは正直私にも解りません。しかし日蓮の行動が果たして無駄であったかどうか、それは後世の門人信徒が決める事なのかもしれません。でも今の日本国内の状況を見ると、七百年以上前の日蓮の行動は、結果としてあまり意味があった様にも思えないのは、果たして私だけなのでしょうか。



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