中国の台頭:外交干渉、相次ぐ買収 中国との付き合い方を模索するスイス
2018-10-05 08:30 swissinfo
中国の台頭で世界各国に変化が起きている。それは小さな友好国スイスも例外ではない。
中国から干渉されていると感じるスイスの政治家は多く、スイス企業は次々と中国資本に買収されている。
スイス国内では連邦政府が妥協ばかりしているとの批判が高まっている。
バーバラ・ギジ下院議員(社会民主党)には気がかりなことがある。連邦議会議員数人が今春、自身が
提起する調査要求他のサイトへへの署名を拒否したが、その理由が中国への懸念だったのだ。
「ベルンの中国大使館から電話が来るのを恐れたり、中国との関係を安易に傷つけたくなかったりしたのだ」
とギジ氏は語る。この調査要求は当り障りのない内容だっただけに、署名を拒否した議員の態度は
腑に落ちなかったという。
調査要求の内容は、1991年以降にスイスと中国が「内密に」行った人権を巡る会談の評価だ。
連邦政府には会談の影響評価と報告書の公表を求めている。
一連の会談は今年6月に16回目を迎えた。連邦外務省のプレスリリース他のサイトへには毎回、
対中会談は「国内外の人権問題についてオープンかつ互いに批判的な議論」が行われたと記載されている。
これらの会談の成果については議論が割れている。非政府組織(NGO)は以前から会談の内容について
より詳細な情報を開示するよう要求しているが、国は前述の文言を繰り返すばかりだ。
例えば、スイスと中国が2013年に締結した自由貿易協定では人権に関する規定が盛り込まれず、
批判が上がったときも国は同様の対応を取った。
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スイス・中国間の自由貿易協定、2014年夏に発効
人権保護についての規定が含まれなかったにもかかわらず、スイスはこの協定を批准した。そのため、例えば強制労働の下で製造された商品が、特恵関税措置の適用を受けてスイスの市場に出回る可能性は拭い切れない。一方、スイスが近年、他国と締結したすべての自由貿易協定には人権と国連人権宣言の順守が明記されている。(出典:humanrights.ch他のサイトへ)
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中国大使館はスイスの連邦議会議員に政治的圧力をかけようとしているのだろうか?
「それはあり得る」と、クリスタ・マルクヴァルダー連邦議会議員(急進民主党)は語る。
国民議会(下院)の外務委員会で委員長を務めていた8年前、単純な質問書が問題になった。
「この質問書を議題に上げないようにと電話で頼まれた。そこで私はスイスの民主制度が中国とは
全く違うことを説明した」
特にチベットに関して中国に冗談が通じないことは、連邦情報機関も認識している。
同機関は2016年版状況報告書他のサイトへで「強大化する中国と世界大国の台頭」を重点に
ページを割いた。それによると、スイスが中国の「自信にあふれ、挑戦的な態度」を目の当たりに
するのは特に亡命チベット人のコミュニティーに関してだ。
「中国はダライ・ラマ14世の公式歓迎を今や全く容認しておらず、公式歓迎が行われる場合には
遡及的に様々な措置を講ずると警告している」という。
ダライ・ラマ14世、9月に15回目のスイス訪問
訪問のきっかけは、チューリヒ州リコンのチベット協会が設立50周年を迎えたことだった。
この協会はチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の委託を受けて設立されたアジア以外で
唯一の修道院。スイス連邦政府は2005年以降、現在83歳のダライ・ラマ14世を公式歓迎して
おらず、チベット人コミュニティーがこの点を繰り返し批判している。
連邦政府は対立をあおりたくない点と、頻繁にある訪問を不必要に政治問題化したくない点を
その理由に上げている。
法治国家スイスに反する中国の振る舞い
スイス国内に中国の影響が及んでいると感じるのは政治家だけにとどまらない。
スイス被抑圧民族協会と複数のチベット人団体は最近、スイス連邦政府と連邦議会に対し、スイス在住
チベット人の権利保護を強化するよう請願書を提出した。
いくつかのNGOは今春、自由貿易協定がチベット人コミュニティーに与える影響を分析した報告書を発表。
それによると、スイスのチベット人コミュニティーは協定締結後、「中国の権力誇示」をより一層
肌で感じるようになった。
その例が中秋節で起きた出来事だ。中秋節は中国で祝われる行事で、14年秋にバーゼルで催しが行われた
。当時の中国大使があいさつのスピーチをしているときに、欧州チベット青年協会のメンバー多数が
中国のチベット占領に反対の声を上げようとした。しかし中国側の警備員は活動家たちが手に持っていた
プラカードを取り上げ、女性1人を地面に押し付けた。
スイス被抑圧民族協会の報告書には、「催しを妨害するつもりはなく、静かに反対運動をするつもりだった」
と、今回の行動を起こした女性活動家の発言が引用されている。
行動の目的は「明確なサインを送ることと、ここで中国の文化が祝われている間にもチベット文化が
組織的に消されているという私たちのメッセージを伝えることだった」という。
協会のアンゲラ・マットゥリさんは「ここでは言論の自由が明らかに傷つけられた。そして法治国家の
スイスでは容認されない外交干渉が行われた」と語る。報告書には移動の自由やプライバシーの権利が
侵害されたケースについても記されている。
中国による買収、揺らぐスイスの独立性
中国はスイスに対し経済的影響も及ぼしている。80社以上のスイス企業がすでに中国に買収され、
買収費用に460億フラン(約5兆3千万円)が費やされた。最も印象的だったのが、バーゼルの
農薬・種子大手シンジェンタが16年、中国国有化学大手の中国化工集団(ケムチャイナ)に
約440憶フランで買収されたケースだ。
中国がスイスの経済活動に影響力を強めていることを受け、政界では現状を批判する声が高まっている。
ドイツや米国とは違い、スイスには電力供給など戦略的に重要なインフラ企業の買収を防ぐための
拒否権がない。この状況を変えようと複数の動議が現在、連邦議会に提出されている。
また、スイス企業が中国に活動拠点を置こうとしても、手続きの面でそれが実現しにくいことに
政治家たちは不満を募らせる。「中国は外国資本に買収されないよう国内市場を守っているが、
スイスは中国の投資家にオープンすぎる」という批判の声も上がる。
連邦情報機関は2016年版現状報告書でこう示している。「中国はスイス企業を買収し、スイスの
ホテルにも買収対象を拡大することで、企業が持つノウハウを吸収し、スイスのブランドをその
名声と共に獲得しようとしている。しかし中国との協力関係は相互主義に基づいたものではない」
中国の銀行と責任の問題
スイスの企業やホテルだけでなく、金融中心地にも中国の影響が及んでいる。
ティチーノ州出身の元連邦検察官、パオロ・ベルナスコーニ氏は資金洗浄の取り締まりで
名を馳せた人物で、ジュネーブとチューリヒにある中国の銀行に注目している。
同氏によれば、スイスは西欧諸国の一つだが欧州連合(EU)にも北大西洋条約機構(NATO)にも
加盟しておらず、トランプ米大統領の政策に従う必要もない。
表敬される大国。スイス連邦閣僚はこの5年間で中国を訪問する回数が増えている。曲線は3年間の平均訪問回数を示す。
年によって公式訪問回数が4回(2016年)や5回(2013年)になることもある
「中国は自国の銀行の活動拠点としてスイスを利用している。中国の銀行はスイスで欧州との取引を
中国の通貨で処理できる」とベルナスコーニ氏は利点を語る。スイスがこの「世界最大の恐竜」
(ベルナスコーニ氏)を一体どうやって手なずけるというのだろうと、同氏は問う。
中国の銀行は国有企業のため、責任者はいわゆる「政治的影響力のある人物(PEP)」に当たるという。
PEPをしっかりと監督し、資金洗浄の疑いなどが浮上した場合にPEPを刑事訴追できるかどうかは、
PEPの出身国の協力が大きく左右する。そのためスイスはこの点で問題を抱えることになるかもしれないと
同氏はみる。
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中国建設銀行チューリヒ支店長、ゴング・ウェイユン氏
ゴング氏は中国建設銀行がチューリヒ支店を開業してまもなく、中国の情報プラットフォームPeng Paiの取材に応じた。同氏によれば、中国建設銀行ほど迅速にチューリヒで開業できた銀行は他になく、「中国のスピードにスイスはずいぶん驚いている」という。同氏はさらに、スイスとの自由貿易協定は中国にとって「素晴らしいチャンス」だと続ける。「私たちにとってスイスが重要なことは明らか。スイスは中国にとって(欧州との)橋渡し役になるからだ」。自由貿易協定の締結以降、スイス企業に投資したり買収したりする中国企業や地方政府が増えているという。中国とスイスの中小企業がビジネスを行っていくには、「人民元のオフショア市場の発展をスイスが率先して促すこと」が極めて重要だと同氏は語る。
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中国のシルクロード構想とスイスの投資
スイスの対中政策はどうか。「スイスは自国の外交政策を中国の利益に合わせているのではないか」と
危惧する声が連邦議会でも上がっている。特に1兆フラン規模の中国が提唱するシルクロード経済圏構想
「一帯一路」ではスイスの経済界も利益を得ようとしている。
下院の外務委員会メンバーを務めるカルロ・ソマルーガ下院議員(社会民主党)は次のようにまとめる。
スイス企業が一帯一路の協力国への投資を通してこの構想に参加することを、国が認めようとするならば、
「スイス政府はこれらの協力国における人権や民主主義についての問題を議題から外さなければならない」
(ソマルーガ氏)
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政治家で弁護士のカルロ・ソマルーガ氏
ソマルーガ氏は、パキスタン南西部バルチスタン州の政治家であり独立運動家のバラハムダグ・ハーン・ブグティ氏の弁護を請け負っている。ブグティ氏は2010年に政治難民としてスイスに来たが、難民申請はこれまで却下されている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ソマルーガ氏はパキスタンを例に挙げる。「スイスがバルチスタン州出身の難民希望者を受け入れ
ようとする際、中国がそれを阻止しようとスイス連邦政府に圧力をかけることは考えられないだろうか?」。
スイスにはパキスタンからの圧力に屈する理由はないが、ブグティ氏の難民申請が却下されている理由
として考えられるのは「中国の関与があるからだろう」とソマルーガ氏は言う。