2013 12/3 栃木県野木町 野木神社 御帰社祭
いまだに昨年の記事ですが
昨年12月始めての野木神社の御帰社祭を見てきました。
提灯もみと神楽です
今回は神楽殿にて奉納された 五行の舞 を紹介
17時に到着
≪野木神社≫
この地方で最も古い由緒ある神社の一つで、藩政期には古河藩の領内にあって藩の鎮守・祈願所として歴代の
藩主からの崇敬も厚く、一般に「神明様」として親しまれてきました
仁徳天皇の時代に、磯城奈良別君(しきならわけのぎみ)崇神天皇の第一皇子豊城入彦命四世の君(とよきいりびこのみこと)
が下野国に国造(くにのみやつこ)今の県知事として赴任してきました。磯城奈良別君(しきならわけのぎみ)は、京都府下
にある莵道稚郎子尊(うじのわかいらっこのみこと)の墓からその霊をお祀りし、後に現在の野木神社に移しました
本殿
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/00/9720242bca7f8f0159f8322f9e46eb45.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/2d/a0c163b0519fd33e627de1484aea6099.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/0a/82fa5a2e14812f520fedfe727a57636b.jpg)
太々神楽(だいだいかぐら)とは、野木神社の例祭に奉納される神楽のことで、町の無形文化財に指定され
ています。
12座あった舞のうち、翁の舞や天狗の舞など、11座のみが伝えられていました。
しかし、100年ほど前から行なわれていなかった五行の舞が、小山市の神社で行なわれているものを基に、
平成11年に復活奉納されるようになり、本来の12座が復活しました。
神楽殿にてお払いを受けた後、本殿におまいり
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/f7/2f95473e1884665751f8ba97d2f062c3.jpg)
17時半頃から神楽殿にて、那岐・那美の舞、天狗の舞が奉納され、18時ごろ第1回目の五行の舞
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/37/57ae1aa0d50fec7317b6ebd8f9d90c47.jpg)
舞子は地元の小学生の女の子で、白い上衣に赤の袴、上に千早という被布を着て、頭には金に輝く冠を
載せ、右手に幣束、左手に鈴を持ち、舞い踊ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/a7/2e528b7329ded79359ddc0ce2bb0605e.jpg)
五行の舞の五行とは、5人の神をあらわしているといわれています
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/ab/e0d68877234cec70c675b4dddb56e975.jpg)
優雅に、そして厳かに
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/ff/06fcb0e6d4a6f715de5a2e9db3ba53d6.jpg)
他にもいろいろな神楽の舞があり、2時間近く見ていました。伝統芸能は素晴らしい。
合間をぬって提灯もみを見学します
21時まで3回行われたようですが、体が冷え切ってしまったため2回目で20時に見学終了。
続く・・
2回目の舞
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/99/fad752ca69d0282a207990363041025d.jpg)
五行の舞 の舞神は 高御産巣日之神(たかみむすびのかみ)、神産巣日之神(かみむすびのかみ)
天常立之神(あめのとこたちのかみ)、国常立之神(くにとこたちのかみ)、
宇摩志阿備比古遅之神(うましかびひこじのかみ)
との事
天地(あめつち)が造られ、その地上にいろいろな物(万物:ばんぶつ)が生成されていくためには、それぞれの
霊力を持った神様が必要です。この舞は、その霊力を持った神々によって舞われる舞です。
中央に立った御幣(これも一柱の神様です。)を中心として、そのまわりを四柱の神様が廻りながら舞います
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/82/79a6345981fadc0ac6adacdf8137396c.jpg)
いまだに昨年の記事ですが
昨年12月始めての野木神社の御帰社祭を見てきました。
提灯もみと神楽です
今回は神楽殿にて奉納された 五行の舞 を紹介
17時に到着
≪野木神社≫
この地方で最も古い由緒ある神社の一つで、藩政期には古河藩の領内にあって藩の鎮守・祈願所として歴代の
藩主からの崇敬も厚く、一般に「神明様」として親しまれてきました
仁徳天皇の時代に、磯城奈良別君(しきならわけのぎみ)崇神天皇の第一皇子豊城入彦命四世の君(とよきいりびこのみこと)
が下野国に国造(くにのみやつこ)今の県知事として赴任してきました。磯城奈良別君(しきならわけのぎみ)は、京都府下
にある莵道稚郎子尊(うじのわかいらっこのみこと)の墓からその霊をお祀りし、後に現在の野木神社に移しました
本殿
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/00/9720242bca7f8f0159f8322f9e46eb45.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/2d/a0c163b0519fd33e627de1484aea6099.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/0a/82fa5a2e14812f520fedfe727a57636b.jpg)
太々神楽(だいだいかぐら)とは、野木神社の例祭に奉納される神楽のことで、町の無形文化財に指定され
ています。
12座あった舞のうち、翁の舞や天狗の舞など、11座のみが伝えられていました。
しかし、100年ほど前から行なわれていなかった五行の舞が、小山市の神社で行なわれているものを基に、
平成11年に復活奉納されるようになり、本来の12座が復活しました。
神楽殿にてお払いを受けた後、本殿におまいり
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/f7/2f95473e1884665751f8ba97d2f062c3.jpg)
17時半頃から神楽殿にて、那岐・那美の舞、天狗の舞が奉納され、18時ごろ第1回目の五行の舞
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/37/57ae1aa0d50fec7317b6ebd8f9d90c47.jpg)
舞子は地元の小学生の女の子で、白い上衣に赤の袴、上に千早という被布を着て、頭には金に輝く冠を
載せ、右手に幣束、左手に鈴を持ち、舞い踊ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/a7/2e528b7329ded79359ddc0ce2bb0605e.jpg)
五行の舞の五行とは、5人の神をあらわしているといわれています
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/ab/e0d68877234cec70c675b4dddb56e975.jpg)
優雅に、そして厳かに
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/ff/06fcb0e6d4a6f715de5a2e9db3ba53d6.jpg)
他にもいろいろな神楽の舞があり、2時間近く見ていました。伝統芸能は素晴らしい。
合間をぬって提灯もみを見学します
21時まで3回行われたようですが、体が冷え切ってしまったため2回目で20時に見学終了。
続く・・
2回目の舞
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/99/fad752ca69d0282a207990363041025d.jpg)
五行の舞 の舞神は 高御産巣日之神(たかみむすびのかみ)、神産巣日之神(かみむすびのかみ)
天常立之神(あめのとこたちのかみ)、国常立之神(くにとこたちのかみ)、
宇摩志阿備比古遅之神(うましかびひこじのかみ)
との事
天地(あめつち)が造られ、その地上にいろいろな物(万物:ばんぶつ)が生成されていくためには、それぞれの
霊力を持った神様が必要です。この舞は、その霊力を持った神々によって舞われる舞です。
中央に立った御幣(これも一柱の神様です。)を中心として、そのまわりを四柱の神様が廻りながら舞います
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/82/79a6345981fadc0ac6adacdf8137396c.jpg)
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