何処へ行き、何をするわけでもない。『忙中閑有り』をのんびりと過ごす様な時の流れ、気温は上がり風は動かない。日溜まりの中、静かなうちに汗まみれ。街の中、何処からか聞こえてくるのはイーグルス「ホテル・カリフォルニア」。夏の日の一日、私は名古屋の洋子と東京の下町で時を過ごした。午後の喫茶店。
「これからどうするの?」
「そうね、四時頃の新幹線に乗るわ」
「いや、そうじゃなくて、その先の事。また何処かへ行くのかって事」
「そりゃ、行きたい所は有るわよ」
「北海道でしょう?」
「なによ、判ってるんじゃない」
「洋子の事だから多分そんな事じゃないかな…って思っただけ。当たっちゃったね。で、いつ頃行くの?」
「分かんないなぁ。秋頃がいいんだけど、ジュンだってまた旅に出るんでしょ?」
「うん、でもねえ、いろいろと忙しいし、気持ちばかりが先走っちやって、現実が着いてかないって感じ」
「またいつか一緒に旅したいね」「そうねえ、そんな日が来るかなあ。でも、北海道はもういいや」
「どうして?」
「一度行ってるし、とにかく寒いもの。私には無理みたい。何しろ洋子みたいに皮下脂肪が厚くないしね」
「悪かったわね!」
「また八重山を廻ってみたいね」
「うん、泉屋のオジサンどうしてるかなぁ」
「ふふ…オジサンのことだもの元気そのもので、毎晩の様に例の宴会をやってるんじゃないの」
「いいなぁ。…さて、そろそろ行きましょうか」
「もうそんな時間?」
「少し早めに行ってた方がいいから」
「アナタらしいね」
「フフ、そうね」
御徒町駅から東京駅へ。改札口を抜け新幹線プラットホームへ出ると、大阪行きの「こだま」が洋子を待っていた。
「どうする、これに乗る?」
「そうね、空いてそうだから、そうしようかな」
乗車口の前で立ち話しをしていると、別れの時を告げる発車のベルの音。
「ねえ、洋子、北海道でも何処でもいい。旅先から手紙を書いてね」
「うん、そうする。でも、ジュンが旅に出ていたら…。それでもまた会えるよね」
「もちろん。だから連絡はしてちようだいね」
「わかったわ。とりあえず家に帰ったら、夜にでも電話するわ」
列車の扉は閉まり、小さな窓の向こうで洋子が手を振っている。遠ざかって行く洋子を乗せた「こだま」を見送りながら、何故かもう二度と会う事は無い様な気がしていた。
そしてやはり、二度と会う事は無かった。この3年後以降、私は何度か名古屋の栄町のY.H.愛知青年会館に泊まった事があった。洋子の家に比較的近い場所だったけれど、もう居ないと思っていたから、電話をするのを差し控えた。望み通り北海道で暮らし始めていると思ったからだ。今も尚、礼文島で幸せな暮らし、人生を送っていると信じてやまない。私は洋子から何を学んだのだろう…。
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