気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

(‘77) 5月23日(月) #1 「これ…ネ!」

2023年07月07日 | 日記・エッセイ・コラム
とうとう明美にとって八重山最後の朝はその眩しき太陽のもとに巡り来てしまった。今夜の船で明美は那覇に、そして九州・日田へ…。この明美の旅の終りが、明美に、そして私にもたらすものは何であろうか?
午前九時三十分の竹富丸で泉屋へ荷物を取りに戻った。泉屋は静かなもので、客の数が少ないのだと云う事が時間からしてもすぐに判った。オバチャンに言って、明美は荷物を取りまとめた。用意が終ると竹富島最後の島内散策に出掛ける事にした。
コンドイ浜から渚を南下して東側へ廻り中筋部落の方を通って歩いていた。
「今日は間違わないでしようね?今日間違えて時間に遅れたら、大変な事になるんだから…」
「フフフ、また間違えたりして」
「イヤよ、…そんなの」
「安心して。今日は平気、大丈夫だから」
「…なら、いいけど…」
何とも頼り無さそうな瞳で私を見つめていた。この時、一緒に大分に渡ろうかなぁ…と云う思いが頭の中を過ぎっていた。
午後三時三十分の竹富丸の切符を買って荷物を取りに戻った泉屋で真に馬鹿な出来事が待ち受けていた。前に免許証の事で悩んでいた関西の坊やが、またまた言ってくるのだ。
「…明日はどないしても帰らなならんのやさかい、今夜もう一晩泊まっていきィなァ…」と。
彼は私と明美が西表に発った次の日、二人の後を追い掛けてやはり西表に行ったそうだが、会えなかったと言うか見つけられなかったので、昨日既に帰って来ていたと云うのだった。(会わなくて良かった。ラッキー!)。
一緒に内地へ渡らずとも、日田に行けばまた会える…という気持ちが強かったので、已む無く留まる事にしてしまった。何かおかしいな…とは思いながら。
泉屋の前で写真を撮った。当然シャッターは坊やの役目。チラリと横を向くと、いつもと同じ明るい微笑みがそこには在ったので、安らぎにも似た安心感が心を満たしてくれた。


そして桟橋。何処からともなく集まって来た人々がダラダラと乗船を開始する頃になって、2つに折った一枚の紙切れを明美は私に手渡した。
「これ…ネッ!」
後は何も言わなかった。開いてみると明美の住所と電話番号と名前が書かれてあった。いつの間に書いて用意していたのだろう?そんな素振り、私は全く気が付かなかった。

手を振っている。船の小さな窓から、明美は私に手を振っている。「行くよ、きっと行くからね〜。待っててね」
後は何を言ったのか覚えてはいない。明美は優しく頷いていた。
暫くの間、人影の無くなってゆく桟橋で海を見つめながら立ち竦んでいた。


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