気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

(‘75) 7月28日 灯台を見てから戻る

2022年07月28日 | 日記・エッセイ・コラム
朝食後、帰りのバスの時間は12:00なのでまだまだ余裕があった。そこでやり残した事を考えてみたら、一つだけ地図の中にみつけた。それは平久保灯台。牛と海に気をとられていて、全く頭の中から消え去っていた。そう言えば私は未だ灯台というものを見た事が無かったなあ。そこで兎に角足を運んで見る事にした。大体の見当を付けてはいたものの、近くで一度曲がるべき所を見逃し行ったり来たり。それもそのはず、そこは背の高い草が細い道を隠すかの様に生えていて、案内板も矢印も無かったからだ。『まさかこの先…?』と思いながらも歩いて行くと徐々に道は広がり(とは言っても幅広100~120cmぐらい)、それらしい雰囲気の所でやっとコンクリートの道になり、灯台が見えて来た。
思っていたよりは小さめで、些か気落ちはしたけれど、そこからの眺望は気に入ってしまうものだった。勿論360°のパノラマとまではいかないけれど、かなりの範囲を一望出来た。そよ風よりは強めの潮風が思いのほか気持ち良く感じる。ただそれだけの場所なのに満足感は与えてくれる。

戻って来たところで、未だ時間には余裕があったので、牛たちの顔を見に行った。柵の上に腰を掛け少し痩せ気味の彼等を見ていると、一頭だけ近寄って来た。この子は昨日一番懐いてくれた子かな?!  私にはみんな同じように見える。そもそも牛って、こんなにも人懐っこいものなのだろうか?なんて思っていたところにバスがやって来た。Uターンしている間に
私はおばちゃんに別れを告げた。今度はいつまた来るのだろう?

当たり前と言えば当たり前、美崎町とは全く異う農村地帯。そんな道を走り、町の息吹き渦巻く美崎町バスターミナルに戻って来たのは13:35. 改めてここが町なのだと知る事となる。

通い慣れたる波止場のビルにある喫茶店『アルバトロス』。今日もメンバーは有田貴代美と牧野京子だった。私は平野でのお米の話しをした。
「それはきっとタイ米じゃないかなぁ」と京子。
「うんそうね、私もそう思う」
貴代美もそう答える。
「タイ米?」
「うん、本当の事かどうか私らしらないけど、あの辺りは宮古島の人が切り開いた様なものだって聞いた事あるし、何か異っていても別におかしくないさア」と貴代美。
「ふ〜ん、そうなんだ」
こんな小さな島だけど、色々込み入った複雑な歴史があるようだ。すると私はその一端を垣間見て来たという事なのか。興味を多面的に広げると、飽きのこない島なのかも知れない。そして今夜も美崎町には酒を求めて人が集まって来る。束の間、何を求めているのだろうか…?


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