芸術新潮2021年4月号によると、2021年11月から開催予定の「メトロポリタン美術館展」に、クリヴェッリ作品が来日するらしい。出品作についての記載はない。
そこで、メトロポリタン美術館のサイトを参照して、クリヴェッリ来日作品を予想する。
まず、クリヴェッリというからには当然、カルロ・クリヴェッリ。弟のヴィットーレ・クリヴェッリではありえない。
サイトによると、カルロ・クリヴェッリ作品の所蔵は6点。
過去の展覧会出品歴が記載されているので、それを踏まえるのが可能性が高いだろう。
1)Madonna and Child Enthroned
1472年、98.4 x 43.8cm
→貸し出し不可。
2)Saint Dominic
1472年、97.2 x 32.4 cm
→最後にMETから出たのが1967年、米国から出たのは1951年。
3)Saint George
1472年、96.5 x 33.7 cm
→2015-16年に米国内2箇所、2010年にブダペストの展覧会に貸し出し。ただしそれ以前のMET所蔵後の100年間はNYから出ていない。
1)〜3)の3点は、かつて、アスコリ・ピチェーノの聖ドミニコ教会のために描かれた《1472年の多翼祭壇画》の一部。
現在は解体されて、聖母子像1面と聖人像2面をMETが所蔵するほか、聖人像2面をクリーブランド美とブルックリン美が、チマーザ(頂部)の《ピエタ》をフィラデルフィア美が、プレデッラをミラノ・スフォルツァ城美ほかが所蔵するなど各地の美術館に散逸、一部パネルは行方不明となっている。
4)An Apostle
1471–73年頃、32.1 x 23.2 cm
→展覧会出品歴なし。
モンテフィオーレ・テラーゾの聖フランチェスコ修道院のために描かれた《モンテフィオーレ多翼祭壇画》の一部。
もとは、聖母子像と聖人像4面、チマーザ(頂部)5面、プレデッラ9面からなる。
解体されて、聖人像3面とチマーザ3面は現在も当初の修道院に残るものの、他は各地の美術館に散逸する、または行方不明。METが所蔵する《使徒》はプレデッラ。
5)Pietà
1476年、71.1 x 63.8 cm
→最後にMETから出たのが1953年のドイツ・オランダ。
アスコリ・ピチェーノの聖ドミニコ教会主祭壇画のために制作。
同祭壇画は現在、ほぼ完全な形でロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵しているが、唯一、チマーザ(頂部)中央の《ピエタ》のみがMETの所蔵となっている。
6)Madonna and Child
1480年頃、36.5 x 23.5cm
→2016年に米国内、その前の貸し出しは1975年のソ連。
「蠅の聖母子」として知られる作品。ゴシキヒワにご執着(握りつぶしてしまいそう)の幼児イエス。物憂げに視線を下に向ける聖母マリア。絵の表面に本物が止まっているかのようにリアルに描かれる蠅。上部に吊るされた果物・野菜もリアル。小サイズだが濃そうな作品。
こうして過去の展覧会出品歴を踏まえると、来日作品は、3)の《聖ゲオルギウス》が第1候補。
それに比べると可能性はずいぶん低いだろうが、第2候補としては、6)の《蠅の聖母子》。
それ以外の作品はなさそう。
来日していただけるなら6作品のどれでも良い。いずれの作品も見応えがありそう。
ただ、贅沢を言えば《蠅の聖母子》が観たいかなあ。
Anna Bovero, Crivelli, L’opera completa del Classici dell’Arte, Rizzoli 1975
Ronald Lightbown, Carlo Crivelli, Yale University Press 2004
石井曉子 カルロ・クリヴェッリの祭壇画 講談社ビジネスパートナーズ 2013
(吉澤京子のトレヴィルの本、石井曉子のもう1冊、ファブリ画集伊語版、Met発行のイタリア・スペイン ルネサンス絵画 なども確認しましたが、Metにある全クリヴェッリ作品に関する情報はなし)
Rizzoliのカタログは発行が古いので、Metに寄贈される前の所有者として記載されている絵が数点あり、その時点でのMet所有は5点(その内1点は他の本では扱っていない「本を読むフランシスコ派の僧」。これについては後述)。
Lightbownの著書は大型本ですが、カタログレゾネではなく研究書(私が持っているのはコピーです)。Met所有は7点で、上記貴ブログ本文記載の6点の他に「玉座の聖母子(Lehman Collection)」が追加されています。なお、MetのHP情報では別の作者の名前(Nicola di Maestro Antonio)が出ていて、「かつてクリヴェッリに帰属」としています。
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/459025?searchField=All&sortBy=Relevance&ft=Carlo+Crivelli&offset=0&rpp=20&pos=8
石井曉子の本ではMet所有は8点で、その内玉座の聖母子が4点とあります(残り4点は貴ブログ本文記載と同じ)。この聖母子4点については、「玉座の聖母子(Linsky Coll.)」(1472年の多翼祭壇画)、「玉座の聖母子(Lehman Coll.)」、「聖母子(Lenti Madonna)」の3点は分かりますが、あと1点が確認できません。Rizzoliのカタログでは、1975年以前の情報としてNYのLehman所有作品が3点掲載され、この内2点は現在Metにある「玉座の聖母子」と「巻紙を持つ使徒」ですが、残り1点も別の「玉座の聖母子」(110×90cm)です(ネットでの画像情報はありません)。寄贈するなら3点全てと考えられるので、石井曉子の本に書かれている聖母子4点のうちの残り1点もこの絵だと思います(RizzoliのカタログにはNYの別の所有者―BayerとDuveen―の玉座ではない聖母子が2点掲載されているので、このどちらかがMetに寄贈されたという可能性もありますが)。なお、石井曉子の本ではLenti Madonnaも「玉座の聖母子」としていますが、これは玉座ではありません。また、上記貴ブログ本文ではLenti Madonnaを「蠅の聖母子として知られる作品」とされていますが、私の見た範囲では「蠅の聖母子」という通称は確認できませんでした。Linsky Collectionの玉座の聖母子にも前方にハエが描かれているので、同じMetにある聖母子の絵として「蠅の聖母子」という表現は紛らわしいと思うのですが、いかがでしょうか。
上記のRizzoliのカタログに出ている「本を読むフランシスコ派の僧」(テンペラ、板絵、22×14cm)ですが、「かつてヴィットーレ・クリヴェッリに帰属されていた」とあり、Lightbownの著書でも取り上げていないので、これは現在ではカルロ・クリヴェッリ作とはみなされていないかもしれません。小品でもあり、これが来日する可能性は低いと思います。
以上、結論として、メトロポリタン美術館にあるカルロ・クリヴェッリ作品は、貴ブログ本文の6点と「Lehman Coll.由来の玉座の聖母子」が2点ということになると思います。(その内1点はMetでは別の画家としていて、もう1点も本当に玉座の聖母子なのか確実ではありません。また、Metが別の画家と判断しているなら、これが来る可能性はないと思います。)
Metが別の作者の名前を挙げているLehman Coll.の玉座の聖母子ですが、Lightbownはクリヴェッリ作としていて、一方、上に引用したMetのHPでは「かつてクリヴェッリに帰属」となっています。Metでの作者判定は多分Keith Christiansenの考えだと思います。LightbownもChristiansenも著名な研究者なので、どちらの見解を信用するか私には判断できませんが、画像を見る限りなかなか良い作品だと思います。(Lightbownはボッティチェリとクリヴェッリの2冊が代表的著作。Christiansenは最近フランスで発見されたユディトの絵をカラヴァッジョ作と判定し、Met購入のために裏で動いたことがテレビのドキュメンタリー番組で紹介されていた人物)
そして、私の出品予想と希望ですが、〇〇コレクションというのは寄贈者の要望で館外持ち出し禁止の条件が付けられていることが多いと思うので、来日するのは聖ゲオルギウス、聖母子(Lenti Madonna)、ピエタのどれかだと思います。希望としては「玉座の聖母子(Linsky Coll.かLehman Coll.)」、「聖母子(Lenti Madonna)」ですが、Linsky Coll.とLehman Coll.は多分無理なので、Lenti Madonnaが第一希望ということになります(聖ゲオルギウス、ピエタが来てもいいと思っています)。
なお、Met展の東京巡回情報には私も驚きました。芸術新潮に巡回のことを何も触れていなかったのは、2021年度の予算が承認されていないなどの理由から、公表を止められていたのかと思います。早く巡回が確定し、出品作が公表されることを願っています。また、フィリッポ・リッピの出品作予想については後日コメントします。
詳しい情報をありがとうございます。
「蠅の聖母子」の表現は大変失礼しました。確かに、《玉座の聖母子》(1472年の多翼祭壇画)にも蠅が描かれていますね。以前拙ブログの記事にした細川祐子氏の著書『ロンドン・ナショナル・ギャラリー』から借りたものです。この書籍は気をつけなければならないとは認識していたのですが、この表現もそうでしたか。
私が保有するクリヴェッリ書籍は日本語本(石井曉子氏の2冊と吉澤京子氏の1冊)のみです。
石井氏がMET所蔵として挙げた8点のうち、5点はMETのHP情報と一致しましたが、残る3点「玉座の聖母子 1470」「玉座の聖母子 1472」「玉座の聖母子 1473」が分からない。残る3点のうち1点は「蠅の聖母子(細川氏の呼称)」かもしれないけど、玉座じゃないし、制作年代も合わない。これ以上は調べようがない。
むろさんさんからの情報で、残る3点のうち1点の正体が分かりました。ありがとうございました。
ところで、東京巡回は非常に有り難いです。大阪の会期が短いので、国内巡回を期待したい一方で、国際巡回展ならそういうこともあるかと期待しないようにしていました。正月の日経記事から3ヶ月。早く正式に決まって公表してほしいですね。
まず、Rizzoli本のNo.114としてNYのLehman所有となっていた「玉座の聖母子」ですが、現所蔵先がMetではなくフォッグ美術館となっています。
Zeri財団の画家別一覧(*後述)に写真が出ていて、フォッグ美術館所蔵となっていたのでフォッグ美術館のサイトを確認しました。
https://harvardartmuseums.org/collections?q=Crivelli
https://harvardartmuseums.org/collections/object/228332?position=3
説明データによると、「Lehmanからの遺贈、1965年に受け入れ、寸法109.2 ×61.6 cm」とあります。Rizzoli本では寸法が110×90cmとなっていて、横幅が異なることが気になりますが、絵は同じものです。そうなると、Rizzoli本でLehman所有としている3点のうち2点(MetがNicola di Maestro Antonioの作品としている「玉座の聖母子」とCrivelli作「巻紙を持つ使徒」)はMetに寄贈し、もう1つの「玉座の聖母子」はフォッグ美術館に寄贈したということになります。そして、石井曉子「カルロ・クリヴェッリの祭壇画」でMet所蔵としている8点の作品中の聖母子画4点のうちの残る1点が何なのかという問題にまた戻ってしまいます(この件はZeri財団の一覧などの資料をもう少し確認してみます)。
次にRizzoli本のNo.18としてMet所有となっている「本を読むフランシスコ派の僧」ですが、下記イタリア語のサイトのクリヴェッリ作品一覧に出ていました(4番目の「Francescano con libro di Carlo Crivelli」)。これにもMet所蔵と書かれています。なお、Zeri財団の画家別一覧には載っていません。
https://www.frammentiarte.jp/category/dal-gotico/crivelli-carlo/page/3/
(gooブログのドメイン文字使用制限により一部の文字を変更していますので、jpをitに変更してから使ってください)
イタリア語はよく分りませんが、「カルロ・クリヴェッリの自筆絵画」、「以前はヴィットリオ・クリヴェッリに帰属」と書かれているので、このサイトではカルロ・クリヴェッリ作としているようです。
*最後にZeri財団の画家別一覧に触れておきます。このサイトのことは以前ボッティチェリとボッティチーニの肖像画の関連(最近サザビーズで高額で落札されたボッティチェリの絵とよく似た作品として、ストックホルムの王宮にボッティチーニの絵がある)を調べている時に、イタリア美術史に詳しい方から教えていただいたのですが、イタリア語がよく分らないので、それ以降あまり見ていませんでした。今回クリヴェッリ作品の画像検索をしていてZeriの一覧がヒットしたので、改めて確認したところ、今回調べていたLehmanの「玉座の聖母子」がフォッグ美術館にあることを見つけました。
下記アドレスの画家別一覧(Crivelli作品15頁分)のP3の6番目に「Madonna con Bambino in trono、Harvard - Fogg Museum, Cambridge (MA)」として掲載されています。
http://catalogo.fondazionezeri.unibo.jp/ricerca.v2.jsp?locale=it&decorator=layout_resp&apply=true&percorso_ricerca=OA&filtroartista_OA=3592&sortby=LOCALIZZAZIONE&batch=10
http://catalogo.fondazionezeri.unibo.jp/scheda/opera/23036/Crivelli%20Carlo%2C%20Madonna%20con%20Bambino%20in%20trono
(この2つもjpをitに変更してから使ってください)
ARTISTAの欄を開いて画家名を選択すると色々な画家の作品が出てきます。例えばFilippo Lippiを選ぶと137作品が出てきて、Metの作品は14頁のうちの8~9頁に掲載されています。
このサイトはいろいろな画家の作品一覧として有用だと思うので、上記のイタリア語のクリヴェッリ作品一覧サイトとともにご活用ください。
コメントありがとうございます。
メトロポリタン美術館所蔵のカルロ・クリヴェッリは、石井曉子著『カルロ・クリヴェッリの祭壇画』によると、次の8点。
1)玉座の聖母子 1470
2)玉座の聖母子 1472
3)玉座の聖母子(1472年の多翼祭壇画)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436051
4)聖ゲオルギウス(1472年の多翼祭壇画)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/438691
5)聖ドミニコ(1472年の多翼祭壇画)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436054
6)巻紙をもつ福音史家
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/459026
7)玉座の聖母子 1473
8)ピエタ(聖ドミニコ多翼祭壇画)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436053
1)2)7)のうち、
1点が(玉座ではないが)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436052
1点が(METの見解では、Nicola di Maestro Antonioの作であるが)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/459025
もう1点は分からない。
という状況ですね。
ひょっとすると、METがヴィットーレの作品としている「聖母子」「玉座の聖母子」のことでしょうか(制作年代が大きく違いますが)。
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436056
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436055
参考となるサイトをお教えくださりありがとうございました。