彼ら(占星術の学者たち)が(ヘロデ)王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。
家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
(『マタイによる福音書』)
ジョヴァンニ・ディ・パウロ
《マギの礼拝》
1460年頃、27×23.2cm
メトロポリタン美術館
15世紀シエナ派の画家ジョヴァンニ・ディ・パウロ(1398-1482)。
内面の葛藤を露呈したような、幻想的な性格と、痙攣するような神経質な描写により、15世紀シエナ派で異彩を放つ画家。
画家はシエナを一度も出ることがなく、平穏な生活を過ごしたとされる。
「祭壇画などの大画面では、そのゴシック主義は驚くほどローカルであり、もし彼独特の資質がなければ、二流の地方画家の作品と見えてしまいそうだ。」
「けれども、幻想的な風景に人物を配した小祭壇画やプレデッラでは、画家の才能は際立っている。そのユニークな作風はルネサンスの表現主義と呼びたくなるほどだ。」
【参照】小学館刊『世界美術大全集11 イタリア・ルネサンス1』の石鍋真澄氏の解説
メトロポリタン美術館サイトの解説によると、画家の《マギの礼拝》は、同館所蔵作のほか、3点が遺されている。
ジョヴァンニ・ディ・パウロ
《マギの礼拝》
15世紀第2四半期、43.5×47cm
クレラー=ミュラー美術館
ジョヴァンニ・ディ・パウロ
《マギの礼拝》
1440-45年、38.4×44.3cm
クリーヴランド美術館
ジョヴァンニ・ディ・パウロ
《マギの礼拝》
1450年頃、26.9×46.4cm
ワシントン・ナショナル・ギャラリー
4作品とも風景の描写に味わいがあるが、幻想的とまでは思えず、全体として神経質な感じも薄そうだ。
画題的に個性控えめの描写となったのだろうか。ならば、これら4作品では画家の真価が分からないということになる。
現在大阪市立美術館で開催中で、国立新美術館に巡回予定の「メトロポリタン美術館展」において、ジョヴァンニ・ディ・パウロ作品が出品されていることは、大事件である。
ジョヴァンニ・ディ・パウロ
《楽園》
1445年、44.5×38.4cm
メトロポリタン美術館
本作品は、シエナのサン・ドメニコ大聖堂のグェルフィ礼拝堂に置かれた祭壇画のプレデッラの一部分で、右側が切断された断片的な画面。
男女または同性同士または天使と人間の組合せの2人または3人が、向かい合って、手を取り合う等していて、ぱっと見、異様。
断片になる前の姿は、こんな画面構成だったのだろう。
ジョヴァンニ・ディ・パウロ
《最後の審判、天国、地獄》(祭壇画のプレデッラ)
シエナ国立絵画館
この画面構成であれば、同じ描写でも異様な感じはしない。
断片的な画面で判断してはいけない。元の画面構成を想像しなければいけない。
メトロポリタン美術館は、もう1点、《楽園》と同じ祭壇画の同じくプレデッラの一部分を所蔵する。当該プレデッラの一番左側にあった画面と考えられている。
ジョヴァンニ・ディ・パウロ
《天地創造と楽園追放》
1445年、46.4×52.1cm
メトロポリタン美術館
セラフィムに支えられている父なる神が、新たに創造された天地を指差す。山と川が四大元素(地水火風)と十二宮に囲まれている。
また、裸のアダムとイヴが、裸の天使によって楽園から追い出されている。
幻想的、神経質的な特性が伺われる画家の代表作とされる1品である。
前掲の石鍋氏の解説にて画家の代表作として挙げているのは、やはり祭壇画のプレデッラである「洗礼者聖ヨハネの生涯」連作(1454年)。現存はロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の4点のようである。
《洗礼者聖ヨハネの誕生》30.5×36cm
《砂漠に向かう洗礼者聖ヨハネ》30.5×49cm
《キリストの洗礼》31×45cm
《ヘロデ王に献上される洗礼者聖ヨハネの首》31×37cm
ジョヴァンニ・ディ・パウロは、祭壇画の主部分ではなく、プレデッラによって、20世紀になってから、現代の感性に従って、評価されるようになった画家であるようだ。